再訪
「すみません。お世話になります」
そう言って安藤さんがやって来た。今日は簡単な契約書を作る。
どんなに小さくても手作りのバイオリンとなると30万は下らない。途中でやっぱりやめます。とならない為の契約を交わす。忙しいので仕事が終わってからとお願いされ、家に着いた時は6時を回っていた。
「安藤さんお忙しいんですね。どんなお仕事されてるんですか」
と聞くと、
「主人が理容師で私が美容師をしています」
と言う返事だった。理容師と美容師の違いに戸惑っていると、
「理容師は床屋、美容師は美容院です」
と、すると…もしや…
「橋の袂の…3人お子さんのいらっしゃる…理容室」
「そうです。そうです。ご存知でしたか…子育てもようやく落ち着いて、最近私もまた始めたんです。だから、まだ理容室のままで、そのうち理美容室に看板変えようと思ってるんです」
「ああ、はい」
そこはどっちでも良いけど…もしかすると、あのまだ見ぬジンジャーと、その一味を閉じ込めているという理容室…
探りを入れるか、どうにか誘導するか、それらしいこと言わないとと考えていたら…
「家にちょくちょく来る猫がいましてね」
最新のトピックらしく、安藤さんから楽しそうに話し始めてくれた。世間話は苦手だけど、願ってもない。聞きたかったその話。
「よく見ると妊娠してるって上の子が見つけて、お母さん、家でちゃんと産ませてあげようよって、ケージの中に毛布を敷いて、家の窓全部締め切って、逃げないように囲いして大変でしたよ」
「野良猫…なんですかね」
わかって聞いている。多分ジンジャーだ。
「さあ、犬じゃないから首輪付けてないし、飼い猫か野良猫かって聞かれてもわかんないんですよ…お腹の大きい子は家じゃ茶々って呼んでるんです。お茶の茶。その子をケージに押し込んで、手厚い看病して、もう、こんなちっちゃいのが5匹。生まれた時には感激でした」
茶々…なんだ。この感動のドキュメンタリーは永遠に続くかと思われた。なにしろ一家を巻き込む安藤家の一大スペクタクル。
楽しそうに話すお母さんの横で恥ずかしそうに足をブラブラする香ちゃんが可愛かった。
一段落して話が分数バイオリンに戻ると、次は今日の主役の香ちゃんの話になった。三人兄妹の末っ子の香ちゃんは自分で決めてこれをするという事はないけど、何でも兄と姉を真似て器用にこなす5才児。ピアノを本格的に始めようかバイオリンにしようか悩んだ末、バイオリンに決めたらしい。なんでもお下がりだからバイオリンだけは作ってあげたいという親心だった。
始めての自分だけのバイオリン。ちょっと嬉しそう。
「当分この前のバイオリン使って下さい。レンタル料も込み込みで作らせていただきます」
自分の作ったバイオリンが役に立つのは嬉しい。
安藤さん一家が波のように引くと、入れ替わりに足立先生の姪っ子の美里ちゃんがやってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます