3

「はッッ」


 次に気付いた時には朝だった。スマートフォンの時刻は七時を指している。あのまま寝てしまったのか、寝たというより気絶させられたのだけれども。


「遅い。日の入りと共に起きろ」

「日の入りはちょっと。それに昨日は……そう、聞いてください。夜中変な幽霊と変な狐が!」

『五月蠅い』

「ぶほぉッッそ、それぇ!」


 またしても突如現れた謎の狐を指差して、国守に訴える。その指が国守によって無理矢理曲げられた。


「痛い痛いそれ曲がっちゃいけない方だから!!」

「我が式神を愚弄した罰だ」

「し、式神……?」


 そういえば、昨夜早良親王も消える間際に言っていた気がする。式神なんてドラマの世界でしか耳にしたことがない。


「式神!? 陰陽師が操るってあれ? 本物?」

「陰陽師だからな」

「確かに!」


 興奮し過ぎて、狐に触ろうとしたら国守の後ろに隠れてそのまま消えてしまった。これは現実か。どんな魔術か。これが陰陽師か。清仁は口をあんぐり開けた。


「国守さんの式神ってことは、国守さんが操ってるってことですか」


 まだ痛む指を擦りながら問う。国守が清仁を見下ろしながら言った。


「私を誰だと思っている。朝廷に認められた陰陽師が式神を使役出来なくてどうする」

「は、ははぁ~~~~」


 謎の圧力に押されて土下座する。とりあえず、国守にはおとなしく従った方がいいと理解した。


「さて、変な幽霊と言っていたな」

「そうだ。全然解決してなかった」


 狐に気を取られて、もっと危険なものを放置していた。不安な瞳を送ったら、国守から意外な返答がきた。


「あれは放っといて問題無い。悪霊でもない」

「悪霊じゃないって、すごい迷惑被ったんですけど」

「悪霊にも成れない中途半端な輩だ。桓武天皇はそう思っていらっしゃらないようだが」

「か、桓武天皇?」


 ここで桓武天皇が話題に乗ると思わなかった。その反応に、国守が愛好を崩した。


「なんだその愉快な顔は! 私を笑わせる気か!」

「真剣な顔してるだけですけど」

「真剣な顔、だと」

「同情しないでください」


 自分で言っていて悲しくなってきた。


「お前もしや……早良親王を知らないな? もぐりめ」


 清仁は一歩後ろに下がった。だんだん恥ずかしくなってきた。


「もしかして、早良親王って有名人です? 私、受験の時世界史専攻だったんで、日本史詳しくないというかなんというか」

「受験が何かよく分からないが、日本の歴史に疎いということか。日本人なのに」

「はい。日本人なのにすみません」


 社会人になって十年、こういった理由で謝ることはないと思っていた。人間、常に勉強が必要だと実感した。こんな非常事態が起こることはこの先あり得ないだろうが。


「天皇だけでもすごい量だし、総理大臣もそうだし、漢字は難しいし。それならカタカナの方がマシかなって世界史に」

「努力しろ」

「はい。すみません」


 圧倒的不利な状況なので、ひたすら頭を下げて会話を終わらせた。早良親王についての情報は一切得られなかった。

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