そうだ、進言しよう

1

 質素な朝食を済ませ、二人で外に出る。翌日になったが、今日は和気清麻呂邸へ行き、どうにか桓武天皇に進言するよう懇願しなければならない。そこまで考えて、はたしてそんなに上手く事が運ぶのか疑問に思えてきた。杞憂だった。


「未来人なのか!! 本当か! するとこれは! この服は未来の!?」

「ええ、はい。そう、です。未来の服になりますね。甚平という名前の服です」

「おおおおおおおお! 甚平!」


 国守に連れられて和気邸まで行ったのだが、従者に昨日服の件で世話になった者だと伝えたところ、二秒で姿を現し、十秒で広間に連れていかれ、一分後にはこの調子だった。まだほとんど説明を終えていないのに。


 興奮冷めやらぬ清麻呂は、次々に質問を投げかけてくる。まだ昨日交換した甚平を着用しているところを見る限り、よほど珍しい物好きらしい。未来から来たことも一瞬で信用してくれてこちらとしては都合がいい。


「どこかに署名を! 服! 服は……洗ったら落ちるが……服に書いてもらってこそ価値が……くぅッ……」


 面倒くさいことを言い出した。油性ペンがあれば書くことは出来る。が、もし持っていたとしても断る。


「私のサインもらったってしょうがないですよ。それより、ちょっとお願いしたいことがありまして」

「金か! 地位か? 未来人ならば身分が無くて困っているだろう。何でもやるぞ! 私の子になるか」

「いえ、住む所は国守さんのお家にお邪魔しているので、お金もあまりいらないです。地位もいらないです」

「うむぅ、そうか……昨日やった金だけではすぐ足りなくなると思うのだが」

「えッあの巾着の中身お金だったんですか! すみません、服も上等なものなのに」


 恐縮すると、清麻呂はめいっぱい首を振った。


「いやいや、こちらの服の方が世にも珍しい未来人の服だ。あれでも礼が足りないくらい」


 甚平でここまで喜んでくれるなんて。純粋な貴族にこちらも和む。


「他にも洋服っていう、西洋から伝わった服もありますよ。後で見せましょうか」

「なにぃッッッ是非とも頼む!!」


 前のめりの距離ゼロセンチでお願いされた。


――だいぶ五月蠅いけど、陽気の良い近所のおじさんだと思えば、まあ……五月蠅いな。


「それで、お願いなんですけど。実は」


 伝えにくい、というより伝えるのが申し訳ない桓武天皇との会話を清麻呂に再現する。清麻呂は真剣に聞いてくれたが、やがて拍子抜けした声を上げた。


「だめなのか?」


 清仁は驚いた。


「だめ、というか、歴史が変わっちゃうんです。大変なことなんです」

「しかし、私たちにとっては未来で何が起きようと、そういう未来だと思うだけに過ぎない。お前に言われなければ、長岡京が長く続くと今でも信じているだろう」

「う、う~ん……確かに」


 パンフレットによれば長岡京は十年長くなるだけらしいが、それを伝えたところで効果は無さそうだ。


 とんでもなく友好的で未来のことも全部信じてくれたのに、杞憂に終わったと思ったのに。腕を組み悩む清仁の横から国守が割って入った。


「清麻呂殿。このまま放っておけば、未来、つまり和気家の子孫もどうなるか分かりませんぞ。正しい位置に戻さねば、それこそ天変地異が我々の生きているうちに起こりうるやも」

「なんだと! 子孫は大事だ。考えたら、清仁だって私の子孫かもしれないな。よし、歴史を修正しよう!」


 やはり杞憂だった。


――随分単純な人だなぁ。


 さっそく準備を始めてくれている清麻呂を観察していたら、視線がばっちり合った。ずんずん近づいてくる。怖い。


「本当に子孫かもしれない。若野清仁、和気清麻呂、まず名前が似ているし、顔も面影がある」

「はぁ」


 気の抜けた返事をしてしまったが、名字が始まった頃、役所に届け出る際間違えた漢字を書いても受理されてそのままという例があるので、子孫ではないとは言い切れない。こんな陽気なおじさんと血が繋がっていると思うと不思議だが、なんとなく嬉しくもある。


「すぐに進言しよう。終わったらお前の洋服とやらを見せてくれ」

「わッ……かりましたぁ!」


 清仁は陽気なおじさんに未来を託した。

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