第110話 偽たくあん聖女24


 翌々日、私とクロードさんに、国王陛下からの呼び出しがあった。

 おそらくアメリアのことだろう。


 緊張しながらも謁見の間へ通ると、そこには先日別れたばかりの兄さん──ラズロフ様が国王陛下の御前で王太子殿下と共に待っていた。

「あれ? ラズロフ兄さん?」

「そのネタまだ引っ張るのか」

 心底嫌そうな顔をしてクロードさんにそう返したラズロフ様は、私の方に視線を移してから「大丈夫か?」と気遣いの声を投げかけた。


 全く。

 義兄であるクララさんと同じことを。

 私の兄たちは思ったより過保護だ。


「はい。大丈夫ですよ、兄さん」

「お前もか!!」

 うん、なんか楽しくなってきたぞ、ラズロフ様いじるの。

 クロードさんの気持ち、少しわかるかも。


「で? 父上。ラズロフ殿がいるってことは、例のことだよね?」

「あぁ。アメリア・カスタローネの処遇が決まり、ラズロフ殿がその報告に来てくださった。ラズロフ殿、頼みます」

「はい」

 陛下の前に一歩踏み出して、ラズロフ殿は書状を陛下に手渡した。


「これが正式な裁判所発行の処遇決定書です。結論から言うと、アメリア・カスタローネはブックデルでの研究材料としての活動を命じられました」

「!!」


 やっぱり、スキルの研究の材料になることになったのね。

 少し意外だったかもしれない。

 カロン様はまぁ良くも悪くもお優しすぎるお方だから、人道的な扱いが約束されるとしても研究材料というものにはしないかと思っていたのだけれど。


 その意外な感情が表に出ていたのだろう、ラズロフ様は私の顔をチラリと見てから、「カロンも今回の件では相当怒っていたからな」と付け足した。


「カロン様が?」

「お前はカロンにとって姉みたいな存在だからな。あいつも腹に据えかねたのだろう。カデナ殿からの申し出を伝えたら、すんなりと許可を出したぞ」

 お怒りのカロン様とか想像つかない……。


「と言うことで、アメリアはそのままブックデルで罰を受ける」

 そう告げられて、私の頭の中に久しく考えていなかった人たちが思い浮かんだ。

「元両親──カスタローネ夫妻は?」

 アメリアを溺愛していた2人のことだ。

 研究材料として、しかも他国での処罰となることを聞いて、冷静でいられるとは思えない。

 発狂でもして城に押し入って迷惑かけてなきゃいいけど……。


「察しの通り、アメリアの処遇を聞いた夫妻は発狂していた」

「やっぱり……」

「だが、彼らが何と言おうと罰は罰だ。人道的な扱いであることだけでもありがたいと思ってもらいたいものだ」


 確かに。

 二カ国であれだけたくさんの罪を重ねておいて人道的な暮らしが約束されているって結構な待遇よね。

 薬の服用がどの程度の発熱や痛みなのかはわからないけれど。


「と、まぁ色々説き伏せてな。最終的に、夫妻はアメリアのいるブックデルへの移住を希望した。だがまぁ、そこはお前に判断を仰ごうと言うことになった」

「私に?」

「あぁ。あの2人はアメリアの親でもあるがお前の親でもあるんだ。あれらや私たちの独断で決めるのは不公平だろう」

「確かにあの2人は私の親でもありますが……」


 その判断を委ねられたも困る。

 行かないでと言ったところで何かが変わるのだろうか?

 2人は私を見てくれるのだろうか?

 きっとそれは違う。

 私が言ったところで、2人の思いが変わることはないんだから。

 だったらもう、勝手にすればいいのに。


 そこまで考えて、私は自分の中で彼らの立ち位置がどこにあるのかに気づいてしまった。


 私の中に彼らはきっといないんだ。

 彼らの中に私がいないように。

 それに気づいたら少しだけ肩の力が抜けた気がして、私はラズロフ様へと顔をあげ、口を開いた


「カスタローネ夫妻は、好きになさったらいいと思います」

「いいの? リゼ」

 隣で心配そうに私を見下ろすクロードさん。


「はい。私にとって家族は、もはやあの方達ではないんです。私の家族はクロードさんです。そしてクララさんも。私は、私を愛してくれる家族とただ生きていきたいんです」


 心遠い血の繋がりのある家族よりも、血のつながりはなくとも心で繋がっている家族が、今の私にはいてくれる。

 だから大丈夫。


「……そうか。わかった。じゃぁそのように言っておこう。貴様らの娘その1は愚かな両親を見限ったとな」

「悪意!!」

 悪い笑顔でなんてこと言ってんだこの人。


「ふん。ではフルティアの国王、私はこの話を持って、またすぐベジタルに戻ります」

「1日ぐらいゆっくりされて行けば良いものを」

「いえ。この件は、早く終わらせたいので」

 そう言ってチラリと私を見たラズロフ様は、いつもの不機嫌顔からわずかにほおを緩めてから、またすぐ眉間に皺を携えて陛下に向き直ると「では、失礼します」と頭を下げ、私たちに背を向け歩き出した。


「ラズロフ様!!」

 私が声をかけると、彼はピクリと立ち止まり、めんどくさそうにこちらを振り返った。


「なんだ」

「ありがとうございました。道中、お気をつけて」

そう言ってにっこりと微笑めば、複雑そうな表情を浮かべ「もう兄妹ごっこはごめんだ」と言ってから謁見の間から出て行った。


 全く、ツンデレなんだから。兄さんは。

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