第108話 偽たくあん聖女22


「ラズロフ殿、グラスディル公爵、聖女殿、この度は我が国で起きていた問題を解決していただき、感謝いたします」


 翌朝、ブックデルの国王陛下に謁見することになった私は、クロードさん、ラズロフ様とともに謁見の間へと通された。

 マグノ公国へと研究公約締結のため赴いていた陛下は、ブックデルでのことを聞いてすぐに馬を走らせたようで、数週間かかって昨夜ブックデルに戻ってきたらしい。

 研究のためならばどんな遠くの国へも赴くのは、国王陛下も同じのようだ。


「いえ。元はこちらから脱走したのが原因。ご迷惑をおかけしました」

 そう言って頭を下げるラズロフ様に続いて私とクロードさんも頭を下げた。


「あの、それで、アメリアは……?」

「彼女なら貴族牢で魂抜けたみたいに呆然としていますよ。よほど貴女に見捨てられたのが響いたのでしょう」

 彼女の中での私は、きっとどんなに憤っていても彼女が泣いて縋れば助けてくれるような都合の良い存在だったのだろう。

 それが今回、覆されただけのこと。


「アメリアはどうなるのでしょう?」

 私の問いかけに、陛下は「罪は、償わねばなりませんな」と口髭を撫でつけながら続けた。

「あの娘は我が国でも罪を犯しましたからな、ベジタルでの罪と合わせれば、さらに重い罰を受けることになるでしょう」


 そうなるわよね……。

 助ける気はないけど、胸が痛まないわけではない。


「あなた方が提供してくれた、偽たくあんを調べた結果、あれは人工鉱石の材料にも使われるストーネという植物を育たせ腐らせ、黄色く着色したものだと判明しました。ですが、あれを食べて入院していた者たちも、昨日貴女が作ってくださった聖なるたくあんを食べてから回復し、皆、今日にも退院になるようです」


 大捕物を終えてから始まったたくあん試食会。

 巨大なたくあんを切り分け、入院中の偽たくあん被害者たちにも配ってもらったのだ。

 効果があったようでよかった。

 ていうかアメリア、なんてもん人に食べさせてんの!?


「……ラズロフ殿。アメリア嬢のことなのですが、一つ提案よろしいでしょうか」

「アメリアのこと?」

「アメリア嬢の事、私に預けてはいただけないでしょうか?」

「カデナ殿に!?」

「カデナ殿下に!?」


 まさか、カデナ殿下、あのアメリアのことを……?

 私が邪推しているのを感じ取ったのか、カデナ殿下が慌てた様子で「勘違いしないでくださいね? 違いますから」と口にした。


「あくまで研究材料として、です」

「なっ!?」

「研究材料!?」


 それってものすごく危ないやつなんじゃ……。

 いや、まぁ助ける気はないんだけど……、ないんだけども、やっぱりあまり酷たらしい死に方をされるのは後味が悪い。

 一応、同じ日に同じ親から産まれてきた妹でもあるのだし。

 全くの情がないわけでもないのだから。


「安心してください、そんなに酷いことはしませんし、殺したりもしません」

 私やラズロフ様の反応に、カデナ殿下が苦笑いしながらそう答える。

 その言葉に私たちが安堵の息を漏らすと隣でクロードさんが「貴女たちは本当にお人好しの兄妹のようだね」と面白そうに笑った。


「衣食住の保証はいたしましょう。ですが、研究施設から基本は出すことはできません。施設の中で、毎日スキルについての研究、実験に付き合っていただきます。薬の実験にもなるので、身体に不調を来たすことはあるかもしれませんが、そこまで酷いものではありません。せいぜい熱が出たり、神経痛が現れたりと言ったものでしょうから。スキルはとても便利なものですが、使えないものたちにとっては脅威でもあります。スキルで無闇に傷つけられる前に、防衛をするすべを持たねばなりません。そのためにスキルの研究を進めたいんです」


 私や国際記者のアイネのような、人畜無害なスキルばかりではないものね。

 ラズロフ様みたいな凶悪スキルだって存在するのだ。

 確かに、対抗する術を持たない人にとっては脅威になるのだろう。


「おいお前、失礼なこと考えただろう」

「いえ別に」

 何でわかるんだ、兄さん。


「まぁいい。だが、それについては私の一存で決められるものでもない。うちの国王に相談後でもいいだろうか?」

「はい。よろしくお願いします」


 あぁ……アメリアの命運がカロン様に委ねられてしまった。

 ごめんなさい、カロン様。


「リゼリア。私はアメリアのこともあるのですぐにでもここを発つつもりだが、お前たちはどうする?」

「どうします? クロードさん」

 ラズロフ様に尋ねられた私は、クロードさんへと視線を向け、意向を問う。


「俺たちもラズロフ殿とここを発とう。父上や兄上にも報告しなければならないし、クラウスだって心配しているだろうからね」

「あの王弟が心配するか? ていうか人の心あるのか、あの男」

 ラズロフ様の中でクララさんへの苦手意識がものすごく膨らんでる気がするのは気のせいだろうか。


「そうですか、ゆっくりしていっていただきたいものですが、仕方ありませんね。今度はぜひ、遊びにいらしてください」

「はい。短い間でしたが、お世話になりました」


 こうして私たちは、荷物をまとめ、街の外の厩に預けていた馬を引き取ると、3人揃ってブックデルを後にした。

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