そしてわたしは小学校の図書室で二次元に堕ちた

皿日八目

なぜわたしはこうなった?

 あたしゃいったいどこで道を踏み外しちまったのでしょうか。


 かつてこの目はしかと現実の世界と人々ばかりを見ていたはずなのに、もはやそんなものアウトオブ眼中の五里霧中。


 今や関心があるのは二次元の虚構のフィクションの空想の想像の世界ばっかしという体たらく。


 真の友人も真の伴侶も真の師も真の好敵手も真の経験も真の夢も全部ぜんぶ向こう側に預けちまったのであります。


 棺桶に片足を突っ込むがごとく、あたしは常時二次元に片足どころか半身を囚われ、いつ向こう側に全身を沈められるだろうかとわくわくして待っている始末。


 いったいどこで道を踏み外したのか。いったい誰が悪いのか。いったいこの始末をどうつけてくれるこのこのこのこの。


 元凶はわかっている。


 小学校の図書室である。


 図書室というパンデモニウムにて、いったい何人のいたいけな子供が健全なる正当なる穏健なる現実の世界から二次元の地獄へと堕落させられたのでありましょうか。


 一節によるとその犠牲者はガンジス川の砂の数をゆうに超えると言います。


 思い出しましょう。小学校の図書室というバビロンに踏み込むまで、わたしは現実だけを見つめて生きていたと思う。まあ、一日のうち十五時間くらいは。


 しかし彼の地にてあまりにも冒涜的な禁忌を目にしたその瞬間、じわじわとその2Dの毒が全身を冒し、一年と経たず我発狂せり。


 そこからもう現実なんて見ることなく、いやそもそも現実とは何か、そんなものはどこにあるのか、わたしは見えませんよちっとも、などとほざきつつ二次元へと驀進。


 そして間もなく息絶えたという。


『怪異百物語』(ポプラ社) 


 未だに表紙が記憶に残っております。あの女の子がかわいかった。特に水色の表紙のイラストがナイスでありましたね。


 ああ、ちょうどこの頃はゲゲゲの鬼太郎の第五期も放送されていたはずであり、あんなものを見た少年がいかなる成長を遂げるかというとそれはもう口にするのも野暮というものでありまして…… 


『まんがサイエンス』(あさりよしとお 学研教育出版)


 イカれました。何もかも狂った。さらば三次元。おいでませ二次元。ウェルカム2D。おそらく一番の元凶。今のわたしがあるのはこの本のおかげであります。冷静に思い返すとヤバいところがちらりほらりと……


 それはともかくとしても、内容そのものも結構覚えているっていうのは、まさしく学習漫画として一級品であることの証左でありましょう。理科の最高の入門書ではあるまいか。


 わたしは結局文系ですけれども。


『宅配ピザのひみつ』

『家庭用殺虫剤のひみつ』

『カレーのひみつ』

『ゲームのひみつ』(学習研究社広告SP事業部教材資料制作室)


 それぞれのテーマについて漫画でわかりやすく教えてくれるっていうものですが、青春やってたりSFやってたりと当時のわたしにはとても鮮烈な洗礼となりました。


 特に宅配ピザのひみつ。何ですかあの急展開は。切なさでわたしの心臓はあれ以来三センチ縮んでしまいましたよ。いやあ、小学校の図書室ってのは爆弾だらけの危険地帯なんですねえ。


『名称失念』残念無念


 これも小学校の図書室に置かれがちなホラー系の小説でありました。同じ街の、少しずつ関わりを持っている小学生たちが主要人物であり、オムニバス形式で話が絡み合っていくというものであったと思います。


 スプーン曲げでラーメンをタダ食いしようとしたり、道路に落ちた肉まんだかあんまんを三秒ルール三秒ルールと言いながら未来人が拾って食べたり、プールのシャワーに打たれながら悪霊退散の念仏を唱えたり、そいつの命を助けるために百発九十九中のキューピッドがぜんぜんそいつとは特に恋仲でもなかった別の女の子と勝手に矢でずきゅんとやっちまったり、それでその男の子を本当に元々好きだった女の子(あんまんと肉まんを落として未来人に拾い食いされたあの子)には最後まで何のフォローもなかったり……こんなに内容は覚えているのにタイトルが出てこない。助けてムネモシュネ。知ってたらどなたかご教示を。我に救いを!


 わたしはこの物語の結末にどうしても納得いかなくて、それで勝手に続編をノートに書きしたため、それを母親に読ませるというセルフ拷問をやってのけたのでありました。思い出すたび身が燃える。


 あ、もしやこれが初めて自分から書こうと思った小説かしら?


『名称不明』どんだけ忘れてんだこの莫迦


 これも漫画でありました。サバイバルとか、忍者とか、魔法とか、人形とか、ミイラとか、怪物とか、宇宙人とか、そうしたテーマを漫画でもってわかりやすく教えてくれるというものです。このシリーズは一番読んだのではないでしょうかね。


 それでもって、やはりこれもわたしを二次元へと誘った張本人の一冊なのであります。特に人形劇のやつ。父親がインチキ腹話術師で、人形のふりをさせた娘を片手で支えながら演技をしていたのであります。


 その女の子がまーかわいかった。パツキン。けっこう性格きつかったような気もするけど、ああ、それもまたわたしをあらぬ方向へ導く誘蛾灯……


 と、まあこのように、図書室に平然と置かれたる数々の漫画のために、見事わたしは三次元の世界に入滅し、二次元の界へと入門を果たしたのでありました。


 今の小学校の図書室はどうなっているのでしょう? おそらくラノベなども置いてあると思われ、ますますパンデモニウムとしての性格を強めているにちがいない。けしからん。羨ましい。おれと変われ。


 しかし思い出の補正作用もあるとはいえ、あの日見たあの漫画あの本たちは、今もなお変わらぬ可憐さかわいさでもってわたしを虜にすること間違いないのであります。


 きっと今もあの図書室のあの本棚にひっそりと佇み、次の犠牲者を待ちわびていることでしょう。彼らは新たな読者に開かれたとたん、その魔力で、その魅力で、現実を超えた素晴らしい世界があることを教えてくれるのであります。


 というわけで結論として、もしわたしがもうちょっと外向的外交的積極的な性格を有し、わずかな時間を見つけて校庭へすっ飛んでいくようながきんちょであったなら、こうまでも小学校の図書室の本たちにドはまりすることもなく、そしてその後のゲームやら漫画やらアニメやら電波曲やらやる夫スレやらへの耽溺惑溺大胆不敵もなかったでしょう。


 それが幸せかって?


 アシュリーやミドナやファイやロボ子や十六夜咲夜や洩矢諏訪子やルーナや翠星石やゾーイやナチュレやチルノやブリュンヒルデやラフィーナやリエッタや霊烏路空や古明地こいしや古明地さとりや九頭竜天音やシールケや新田維緒や伴亜衣梨やアシュリーやシャンソン人形やしおんやネフェルピトーやエレンディラやレメディアスやモデウスやケルベロスやルシファーやマルモや天道あかねやエルヴィラや西野つかさやらとの出会いもなかったとしたら、それは宇宙的損失と言わずばなりますまい。

 

 サンキューライブラリ。


 すべてこれでよし!

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