第2章 前世を思い出す前
第3話 孤児院の男の子(1)
ディートリヒシュタイン伯爵家の車が首都のある孤児院の脇に停まった。運転手が車のドアを開けた途端、赤い髪の女の子が転がり落ちるように降りてきた。
「アニカ、だめですよ。待ちなさい」
車から降りたアニカは、母ゾニアの言うことも聞かずに孤児院の敷地内に走って行った。
この孤児院には、ディートリヒシュタイン伯爵家が時々寄付をしたり、子供達に奨学金を出していたりする縁で、アニカ達は家族ぐるみで時々訪れていた。最も、10歳年上のアニカの兄ゲラルドはもう14歳で、勉学に忙しく、たいていはアニカと母の2人で来ていた。年の離れた兄にめったに遊んでもらえないアニカは孤児院の子供達と遊べることを楽しみにしていた。
ゾフィーより一足先に孤児院に入ったアニカは、もう子供達とかくれんぼをして遊んでいた。
「みぃーつけたっ!」
アニカが見つけたのは、やせっぽちで薄汚れた服を着ている、少し年上の男の子だった。男の子は孤児院の庭の隅っこで頭を膝と身体の間に挟んで俯きながら座っていたから、どう見てもかくれんぼを一緒にしていたわけではなかった。
「ねぇ、なんで黙ってるの?ねぇー、なんでー?」
アニカはますます身体を固くして俯く男の子の肩を前からガシッと掴み、グラグラ揺らした。それでもくすんでべたついている金髪の頭は下を向いたままだった。
「アニカ!嫌がってるでしょう?止めなさい!」
母親に見つかってしまったアニカは渋々男の子から離れた。その日はもうアニカがこの男の子を見ることはなかった。
その後、アニカは孤児院に行く度にその男の子に話しかけていたが、彼はほとんど反応しなかった。でもいつの間にか、彼に話かけるアニカだけがわかるわずかな反応が少しずつ増えてきた。
とうとうある日、その男の子は三角座りした膝と身体の間からほんの少し顔を上げて初めてアニカの顔を見上げた。薄汚れた顔にそぐわず光り輝く大きな青い目にアニカは吸い込まれるような気がした。
「お前の目って綺麗ね」
「・・・えじゃない・・・」
「何?聞こえなかった、もう一回言って」
「・・・ぼくの・・・名前・・・お・・・まえ、じゃない・・・」
「なんていう名前?私の名前はアニカ、伯爵家のお姫さまよ!最初に会った時に教えたから知ってるよね?」
「うん・・・ぼく、ウルフ・・・」
「ウルフって言うの!狼だなんてかっこいいね!」
心なしか、ウルフの薄汚れた顔が赤みがかって見えた。
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