第37話 ラルフとゾフィーの修道院訪問

 神託節の受付の修道女見習いがラルフとゾフィーを聖グィネヴィア修道院の礼拝堂の中へ案内した時、ちょうど施しを受ける人々のために礼拝が行われていた。そのため、ラルフとゾフィーは入口側にある聖器室と図書室に先に案内された。


 聖器室には、聖杯や聖杖、神像、歴代修道院長の礼服などの貴重品が収容されており、普段は厳重に鍵がかかっていて修道女見習いはおろか、許可がなければ修道女も出入りできない。案内のために鍵を預かっている修道女見習いは、聖器室に入ると鍵がかかっている棚を開け、説明を加えながら次々と収蔵品を披露していった。


 3人が聖器室を出ても礼拝はまだ終わっておらず、ラルフとゾフィーは次に礼拝堂の入口を挟んで反対側にある図書室に案内された。部屋の真ん中には閲覧用の木の机と椅子が置かれ、最大で4人同時座れるようになっている。四方の壁には木製の本棚が天井まで設えられ、その前にも本棚がぐるりと机を囲むように置かれていて、部屋は昼間でも薄暗い。


 本棚の一角は扉付きの棚になっており、修道女見習いはその棚の鍵を開け、聖典の貴重な手書き写本を取り出してラルフとゾフィーに見せた。羊皮紙に書かれた写本の表紙には更に鍵がかけられていて、修道女見習いがその鍵を開けて写本を開くと、黒インクで几帳面に書かれた聖典のテキストが見えた。その冒頭は色とりどりの飾り文字となっていて時々イラストも描かれている。この本にどんな宗教的な価値があるのか、さっぱり分からないラルフも美しいと思えた。


 写本を見終わって図書室から3人が出ると、礼拝は終わっていた。礼拝に参加した人々は食堂へ移動し、修道院から食事の提供を受け、衣類を配布されている。院長は人々への礼拝説教を終えた後も礼拝堂に残っており、3人に近づいてきた。


「コーブルク小公爵ご夫妻、ようこそいらっしゃいました。聖器室と図書室はご覧になりましたか?」

「はい、皆素晴らしい物でしたけど、特に聖典の写本が美しいですね」

「あの写本は、当修道院が500年前に設立された当初からあるんですよ」

「ええ、そんなに古いのですか!」

「あ、はい。先ほどご説明した通り……」

「ご苦労様。後の案内は私がするから、貴女は次の方々の案内のために受付に待機していてちょうだい」

「かしこまりました、院長先生」


 ラルフとゾフィーを案内した修道女見習いは、ラルフ達に写本の年代を説明したはずにもかかわらず、自分の説明が足りないと院長に思われてしまうかもしれないと焦っていたようだった。ラルフが社交儀礼で驚いてみせたとは純朴な彼女は気が付いていないように見えた。修道女見習いは、不安そうに受付に戻って行った。


「あの、院長先生。シスターには写本の説明を色々していただいたんですよ。でも先生が写本の話をしてくださった時にはすっかり抜け落ちてしまっていて……」

「分かっています。コーブルク卿が私に気を遣って下さったんですよね。後で彼女をフォローしておきますから、ご心配なく」


 院長はラルフとゾフィーに礼拝堂の内部を案内し、2人のために短時間、礼拝を行った。その後、礼拝堂の左側に付いている部屋の一つに2人を招き入れ、お茶を振舞った。


「コーブルク卿、シスターアントニアに手紙を送られましたよね。申し訳ありませんが、当修道院の規則上、やむなく返送いたしました。何か事情があるかとは思いますが、神託節の間も外部の方との接触は禁じております。申し訳ありません」

「こちらこそ気を遣わせてしまって申し訳ありません。兄上も訪問予定なので、食堂でしばらく待たせていただいてもよろしいですか?」

「この部屋でお待ち下さって結構ですよ」

「でも他の方の接待にお使いになるのでは?」

「同じような部屋が礼拝堂には他に3部屋ありますので、大丈夫です。ですが受付時間は後2時間程で終わりになります。それまでにお兄様がいらして下さればいいのですが」

「間に合わなかったら仕方ありません。でもぎりぎりまでここで待たせていただきます」


 院長が部屋から去った後、ゾフィーはラルフを不安そうに見つめた。


「お義兄様、やっぱり来られないのかしら?誘った時、どんな様子でしたか?」

「うーん、煮え切らない様子だったよ。王都からここまで結構時間かかるから、遅くとも昨日の夕方には出発しているといいんだけど。受付終了時間までに本当に来れるかどうか、五分五分だね」

「そんな……このチャンスを逃したら1年後までアントニアさんの顔を見る機会がないのに……」

「兄上も意気地がなくて困ったものだね」


 色々話しながらラルフとゾフィーは待ち続けたが、後10分程で受付終了の時間となり、急いで部屋を出て正門の方へ向かった。

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