第24話 離婚

 号泣しながらフランチスカが去った後、ペーターが執務室に戻ると、アルブレヒトはソファで放心したように力なく座っていた。ペーターにはそんな主人が哀れに見えた。


「扉の前まで聞こえてきましたよ。何もぶたなくても……」

「でもジルケを……母親を侮辱するような言葉を使ったんだ。それは許しちゃ駄目だろう?」

「それはそうですけど……ぶったりしたら、余計に意固地になるだけですよ」

「そうだな……あの子は妹だけが正式な辺境伯令嬢として扱われるのがどうしても納得いかないんだそうだ。もうちょっと待ってくれって言っても待てないって言うんだ。もう手に負えないよ。妊娠を偽装したのは悪手だったかもしれない」


 アントニアの幸せを犠牲にしてまで妊娠を偽装したのに、アルブレヒトは今更そんなことを言う。ペーターは、拳を強く握りしめ過ぎて掌に爪が深く食い込んだ。


「……今更ですよ」

「怒るなよ。俺は俺の愛を全うしたかっただけだ」

「じゃあ私の愛も全うさせて下さい」

「もうアントニアと子供を作らなくても王家の怒りは買わないだろうから、アントニアをぞ。ただし、俺との離婚前に妊娠だけはさせるなよ。そんなスキャンダルだけはごめんだからな」


 アルブレヒトの勝手な言い様にペーターは頭にきた。


「彼女は貞淑なんです。いくら貴方との結婚生活が破綻していても、結婚している以上、私に靡いてくれません」

「そうなのか?!俺はあいつの貞淑など求めていないけどな」


 無神経な言葉にペーターは内心、更に怒りを募らせたが、まずは離婚申請させることが先だと気持ちを切り替えた。


「つい先日、前国王陛下が国王陛下の補佐を下りて隠遁しましたよね。もう離婚を申請してもよろしいのではないですか?」

「ふむ……そうだな。今の国王陛下は俺の結婚が破綻しようが何だろうが気にされないだろう。前国王陛下がお側にいなくなれば、離婚の許可を得るのもそれほど難しくないに違いない」


 前国王フリードリヒの作った婚前契約書で離婚が許されるのは結婚後10年以降で、しかも正妻アントニアとの間に子供がない場合に限っている。次女ルドヴィカはアントニアの実子に偽装しているため、本来なら離婚条件を満たさない。でも新国王ヴィルヘルム4世は辺境伯の離婚問題にそれほど関心がないだろうとアルブレヒト達は予測していたが、教会から離婚の許可を得るのは大変だ。


 本来、教会は滅多なことでは離婚を認めない。配偶者が背教や犯罪を犯したり、子供が一定期間できなかったりした場合のみ、離婚が認められる。アントニアは対外的にはルドヴィカを産んだことになっているが、アルブレヒトにとってなことに、後継ぎとして認められる男の子ではない。アルブレヒトはアントニアが2人目以降の子供を望めないという診断書を侍医に捏造させ、それを離婚理由として王家と教会に伝え、離婚許可を得た。


 アントニアは虚偽の離婚理由に憤りを感じないこともなかった。でも暴露したら離婚できなくなってしまうかもしれない。再婚するつもりがない以上、アルブレヒトと別れられれば、不妊とされてもアントニアにとっては大して重要ではなかった。


 もっと重要な問題はアントニアの実子としていた次女ルドヴィカであった。アルブレヒトがルドヴィカに実母はジルケだと告白すると、ルドヴィカは信じられなくて号泣し、部屋に閉じこもっている。アントニアが離婚して家を出るのなら一緒に出たいとひたすらアルブレヒトにお願いしたが、アルブレヒトが許すはずはない。


 当主であるアルブレヒトが許可しなければ、アントニアはルドヴィカを連れて出て行けない。その上、アントニアは離婚後、実家に受け入れてもらえないので、修道院に行くと決めている。子連れで離婚や死別を余儀なくされた女性のために母子寮のある修道院もあるが、貴族女性の場合は修道院に入るだけで寄付金が必要な上に、母子寮の利用には追加の寄付金も必須だ。アントニアはペーターのとりなしで修道院の寄付金の分はアルブレヒトからもらえることになっているが、アントニアはいつかルドヴィカを引き取れることを考えて母子寮の分まで入れた寄付金が払えるだけの金銭を離婚に際して要求することにした。


「何だと?! お前だって俺と離婚したがっていたのにもっと要求するのか?」

「離婚後はお金だけが頼りですから。それとも次女は愛人が産んだ子供ですと王家に懺悔しますか?」

「おい! 脅す気か!」


 アルブレヒトはソファから半ば腰を上げ、アントニアに掴みかかろうとした。だがペーターがアルブレヒトとアントニアの間に身体を滑り込ませ、アルブレヒトはペーターにぶつかった。


「おい、ペーター! 何するんだ!」

「旦那様、冷静になられて下さい。せっかく王家の婚前契約よりも早く離婚できるんです。お嬢様方も辺境伯家に残るんです。このぐらいいいではないですか」


 アントニアは、ルドヴィカを連れて出れるようにペーターがとりなしてくれないかと一縷の望みをかけていたので、彼の言い様にがっかりした。でもよく考えてみれば、彼を突き放したのはアントニアだ。それなのに彼を頼ろうと思ったのは虫が良すぎた。


 それでもペーターのとりなしで追加分の寄付金を含めた金額をアントニアは離婚に際してもらえることになった。だがルドヴィカの引き取りはどうしても無理で、彼女は辺境伯家に残ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る