第21話 ルドヴィカの誕生
アントニアとアルブレヒトが結婚2周年を迎える頃、ジルケが女の子を産み、赤ん坊はルドヴィカと名付けられた。ジルケは2週間ほど滞在中の狩猟用の別荘で身体を休めた後、ルドヴィカと乳母を残して本邸へ戻った。乳母には産後の肥立ちが悪くてルドヴィカの母は臥せっているということにしてあったので、乳母がジルケに会うことはなかった。
アントニアはジルケが発った日の夜、こっそりとペーターの両親と共に狩猟の館へ移り、ジルケと入れ替わった。翌日、アントニアは生母の振りをしてルドヴィカと乳母に対面した。
ルドヴィカは、ベビーベッドでスヤスヤと寝ていた。ぷくぷくとした頬には赤みがささり、頭にポヤポヤと生える金髪はアルブレヒトとジルケのものよりも少し色が薄い。成長したら多分彼らと同じような色味になるだろうが、アントニアのような茶色の髪にはならないだろう。遅かれ早かれ誰も何も言わなくても本人が出生の秘密に気付くに違いない。生まれた時から汚い大人の思惑でそんな運命に放り込まれたルドヴィカがアントニアには哀れに思えて仕方ない。
「こんなにかわいいのに……ごめんね……」
アントニアは、乳母に聞こえないように心の中でルドヴィカに謝った。
3ヶ月後、アントニアは乳母とルドヴィカと共に本邸へ帰った。ペーターの両親は王都のタウンハウスの任務に戻った。彼らの采配なのか、アントニアは埃臭い離れに戻らずに本邸に住むことになり、使用人達はアントニアに以前のような意地悪をしなくなった。かと言って親切にしてくれる訳ではなく、失礼にならない程度に一線を引いた、最低限の対応だ。
アントニアとルドヴィカには、それぞれ本邸の隅にある客室があてがわれ、乳母はルドヴィカの部屋の続き部屋に住んだ。アントニアとルドヴィカの部屋はアルブレヒトとジルケ、フランチスカの部屋から離れている。それでもアントニアが偶然3人を目にすることがたまにあり、特にジルケとフランチスカ母娘には鬼の首を取ったかのように睨まれた。
ペーターは同じ屋敷で仕事をしているので、アントニアが偶然会うこともあったものの、彼女は他人行儀に徹した。彼が傷ついたような顔をするのが見えて罪悪感を覚えたが、普通の女主人と使用人の関係を押し通した。慰問旅行は、ルドヴィカが幼いという理由で当分なくなったが、ペーターと距離を取る以上、アントニアは慰問旅行の件で彼に頼るつもりはなかった。
アントニアが本邸に帰ってきて間もない頃、ルドヴィカと乳母を連れて庭を散歩していると、どこからか話声が聞こえてきた。男性の声はペーターのものと分かったが、女性の声はアントニアには覚えがない。実は女性の方はアルブレヒトの専属侍女ヨハンナだが、アントニアは本邸帰還後、アルブレヒトと顔を合わせていないので、ヨハンナと面識がないのだ。
アントニアが気にせずに散歩を続けると、ペーターとその女性に近づいていたようで話がはっきりと理解できるようになった。
「ねぇ、ペーター、どうしてそんなにつれないの?私達の仲でしょう?」
「何言ってるんだ。俺達の仲はそんなんじゃない。父さんがけしかけたから、お前とこうなっただけだ」
「でも私に夢中になって何度も抱いたじゃないの」
「それは……は、離れろ!」
木の陰でペーターに抱き着くヨハンナがアントニアと乳母の目に入った。ペーターはアントニア達に気付いてあわてて彼女を引きはがした。
「アントニア様……申し訳ありません、お聞き苦しい事が耳に入ったでしょうか?」
「いいえ、恋人達の逢瀬を邪魔するつもりはありませんから、これで失礼しますね。あ、でも勤務時間中に逢引はよしてくださいね」
ペーターはそう言って去っていたアントニアの背中を絶望した面持ちで見つめた。その様子を見てヨハンナは面白くなく、彼に不意打ちのキスをした後に平手打ちをして去って行った。ペーターはヨハンナに文句も言わず、呆然としたまま打たれた頬を手で抑えて立ち尽くしていた。
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