第3話 王命

 アルブレヒトの亡き父マンフレートは、国王フリードリヒの忠臣だっただけでなく、個人的にも親しい仲だった。でも息子のアルブレヒトはフリードリヒとそんなに近しい仲ではなく、6年前に爵位を継承した時に謁見した後も数回言葉を交わしたことがあっただけなので、突然の呼び出しに驚いた。


 玉座に座るフリードリヒは威風堂々としており、アルブレヒトは辺境伯という高い地位にあってもまだ経験が浅く、国王の威厳に気圧された。それだけでなく、謁見室には宰相を始めとした高官達まで揃っていてアルブレヒトは何事かと緊張した。


「アルブレヒトよ、よく来た」

「王国の太陽、フリードリヒ陛下にご挨拶申し上げます」

「堅苦しいのはよそう。お前の父マンフレートとは親しい仲だった。息子のお前とも近しい関係を築きたい」

「ありがたきお言葉を頂戴し、光栄です」

「だが、マンフレートが今のお前を見たらどう思うだろうな」

「と言いますと?」

「お前は30歳を超えたのにまだ未婚で後継ぎがいない。このままでは跡目争いが起きるぞ。防衛の要の辺境伯家にお家騒動が起きるのは好ましくない」

「ご心配いただいて恐縮ですが、結婚を視野に入れている女性がおります」

「まさか例の娼婦上がりの女とは言わないだろうな?マンフレートも一門の皆も大反対していたと聞いたぞ。一門は今も反対だそうだな」

「それは…一門を説得して彼女をどこかの貴族の養女にさえできれば、解決します」

「説得か…10年経っても無理なものをどうやって説得する?それよりこの釣書を見よ」


 フリードリヒが侍従に目配せすると、アルブレヒトにある令嬢の釣書が渡された。アルブレヒトもその意味が分からないほど愚鈍ではない。だが、嫌でも受け取るしかなかった。彼が釣書を開くと、栗色の巻き毛に同じ色の瞳の若い女性の似姿が目に入った。


「これはどういうことでしょうか?」

「彼女はエーデルシュタイン伯爵令嬢アントニア、20歳だ。彼女との結婚を命ずる」

「でも!私にはジルケがおります!」

「そのジルケとやら、確かお前と同じぐらいか、数歳下であったな?例え一門が賛成しても今から彼女と男児を儲けるのは難しいであろう?それに元は娼婦だ。辺境伯夫人には相応しくない。きちんとした貴族出身のアントニア嬢と結婚してジルケは愛人にしておけばいいではないか」

「そ、それは…」

「ただし、愛人とこれ以上子供を作るのは御法度だ。後継ぎはアントニア嬢との子供だぞ」


 侍従が更に渡してきた書類には、婚前契約の条項が色々と書き連ねてあった。

 曰く――初夜は結婚式の夜に必ず行い、辺境伯家と王家の代表がそれぞれ1名ずつ見届ける。その後も男児が2人産まれるまで閨を最低月1回定期的に行う。10年経っても男女問わず1人も子供ができない場合にのみ、王家が許せば離婚できる。愛人と別れる必要はないが、愛人との子供を新たに儲けることは許さない――等々、アルブレヒトには厳しい内容だ。


 フリードリヒがいなくなった謁見室でアルブレヒトは、侍従に退出を促されるまで釣書と婚前契約書を手に持ったまま呆然とし立ち尽くしていた。

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