第29話 出生の秘密

あっという間に時は過ぎ、ミハエルは5歳になっていた。ゾフィーとラルフは少しずつ距離を縮めていたが、まだラルフへの罪悪感が一線を越えることを許さず、未だ白い結婚は続いていた。


ラルフとミハエルはどこを見ても仲睦まじい父と息子に見えたが、ミハエルが大きくなるにつれて容貌や性格が似ていないことが目立つようになってきた。


「父上!僕と剣の訓練をまたしてください!」


「うん、でも僕が弱いって文句言わないでね」


ミハエルは騎士に憧れていてコーブルク公爵家の私設騎士団の騎士に稽古をつけてもらい始めた。でも専門家に普段は指導を受けているのに、ミハエルは、剣術がからきしダメなラルフとも時々訓練をしたがるのだった。だがその度に父親が弱すぎてがっかりするミハエルの様子を見る度に、ラルフは申し訳なく思った。


ある日、ミハエルは、新入りの侍女が古株の侍女と自分のことを話しているらしいのが聞こえ、いけないとは思いつつ、物陰に隠れて盗み聞きしてしまった。


「坊ちゃまって若旦那様に似てないですね」


「ほら、ご結婚後すぐにゾフィー様がご懐妊されて坊ちゃまが月足らずで生まれたっていう話、聞いたことあるでしょ?あれって嘘だって話だよ」


「じゃあ、坊ちゃまはどなたのお子さんだっていうんですか?」


「多分、亡くなったルドルフ様のお子さんだろうね。お坊ちゃまはルドルフ様がお小さい頃にそっくりだよ」


「えーっ?!ルドルフ様ってあの心中事件の?!顔知ってるんですか?」


「しーっ!声が大きいよ。そりゃ今は似姿も何も残されてないけど、私はルドルフ様がお小さい頃からここで働いているからね・・・」


ミハエルが聞いたのはそこまでだった。あまりのショックで放心状態になったから、侍女達がその場を立ち去ったのにもしばらく気付かなかった。


その噂話を聞いてからミハエルは不安定で、特にラルフの前でよそよそしい感じになった。その態度にゾフィーも気づいていた。


「父上、僕は父上の子供ですよね?」


「当たり前じゃないか!」


ラルフは不安そうなミハエルをぎゅっと抱きしめながらそう言った。自分を抱きしめる父の温かさにミハエルは『あんなことは嘘に違いない』と思い、そのうちに侍女達の言ったことは忘れていった、いや、忘れようとして記憶の奥底に仕舞った。


だが、噂好きの社交界の雀達や使用人達は黙っていない。いくらそんな下賤な噂話をする使用人達を公爵家から排除しても、次から次へと噂好きは生えて出てくるので、ミハエルが成長するにつれてそのような噂話を耳にすることが多くなった。


「ゾフィー、ミハエルが出生の秘密に気付いているかもしれない。あの子はまだ社交界デビューしてないから、使用人がしゃべったのを聞いた可能性が高いと思って、口が軽い使用人は排除してきたけど、次から次へとそういう噂をする人間が出てきて困るよ」


「まあ、何てこと!どうすればいいの?もう真実を話すべきなのかしら?」


「いや、話すのはまだ早いと思う。受け止められるか心配だ。15歳で成人してからでいいのではないかな?」


「それで誰か他の人から決定的なことを聞いてしまったら、あの子は傷つかないかしら?」


「まだ真実を受け止めるには幼過ぎるだろうね。主人家族の噂話をしないようにコンスタンティンに使用人の教育を徹底させて、改心しない人間は解雇するよ」


まだ幼いミハエルに真実を伝えるのは早いだろうが、遅くても王国で成人とみなされる15歳の時までには伝えよう。そう思ったラルフ達だった。

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