第21話 〇回目の正直

ラムベルク男爵と息子達が捕まってゾフィーに身の危険はなくなった。もう結婚式まで間もないからゾフィーにコーブルク公爵家へ来てもらってはどうかという話になったが、ラルフはプロポーズに答えてもらっていないことが気になっていた。


「伯父上、今からゾフィーに会ってもう一度結婚のことを話し合おうと思います」


「話し合うって今更何を?」


「結婚したら彼女は子供と離れ離れにならなくてよいし、白い結婚でもいいと私は約束しました。でもそうやって条件で追い詰めて彼女が僕と結婚せざるを得ないっていうのは卑怯だと思うんです」


「貴族の結婚は政略結婚だ。多かれ少なかれそういうものだろう?」


「でもそれでは嫌なのです。後継ぎとしてしっかり務めは果たします。だから彼女が私と結婚しなくても子供と一緒に公爵家に置いてもらえないでしょうか?」


「君と結婚しないままで?それじゃあゾフィーと子供はどんな立場で公爵家で暮らすっていうんだい?」


ラルフは正直言ってそこまでは考えが及んでいなかった。


「甘いね、ラルフ。後継ぎとしてはまだまだかな。いいだろう、臨月まで時間をやる。子供が生まれる前に結婚しないと庶子になってしまうから、これが最大限の譲歩だ」


「臨月まで待っても彼女が私と結婚したくないという可能性はありますよね。私としてはそれでも彼女の意思は尊重してほしいですが、ゾフィーを子供と離れ離れにはしてほしくないです。その時はゾフィーを伯父上の養女に、子供を私の養子にするのではどうでしょうか?」


「それは正直言って色々と憶測を呼ぶまずい解決法だろうな。君がゾフィーと結婚しないのに関係を持ったとか、下手をすれば私が亡くなった息子の婚約者に手を出したとか、下衆な勘ぐりをする輩が出てきそうだ。そうじゃないとしても、君が今すぐ結婚せずにゾフィーの腹が大きくなった段階で結婚したとしたら、君は結婚前に亡くなった従兄の婚約者だった女性に手をつけた男というそしりを受けることになる。全て覚悟の上だね?」


「かまいません。伯父上に不名誉な噂がたたないよう、最大限努力します」


「・・・仕方ないね。君の意思を尊重するよ。ああ、それから君は結婚式の予定日の後は正式に私の息子になるから、『ちちうえ』と呼んでくれ」


ラルフは急いで公爵家の秘密の別荘へ向かった。別荘への人の出入りは男爵達が捕まるまでは制限されていたので、彼がゾフィーと会うのは、誘拐未遂事件後初めてだった。


「ゾフィー、怖い目に遭わせてしまってすみません」


「いいえ、ラルフのせいではないですわ」


「そう言ってもらえると気が休まりますが・・・もう危険はないから安心してください。分家の男爵とその息子達は破門の上、鉱山送りになりました。厳しい監視がついているから脱走はできないはずです」


「男爵家はどうなりますの?」


「愛人との末息子がまだ寄宿学校に在学中だそうです。その子には罪はないし、よい子で優秀らしいから、彼が独り立ちできるまで公爵家がサポートすることになりました」


「それより、私達の結婚のことを話しましょう。君が私と結婚すれば、子供は私との子供として一緒に育てよう、君が望めば白い結婚でも構わないと約束しましたね。でもそれでは君が私と結婚しなくてはならないように外堀を埋めているようなものです。そんな卑怯なことをしてまで私は結婚したくありません。だから君が臨月になるまで君の決意を待ちます。子供は庶子にしたくないから、待つのはそれが限界ですが、それまではコーブルク公爵家に来てくれてもいいし、ここに残ってもいい。君自身の意思に任せます」


「そんな・・・貴族の結婚に意思も何もないでしょう?」


「伯父上もそう言いましたが、私はそれでも君の意思を尊重したいのです」


「臨月になっても私の意思が決まらなかったら?」


「私は当主ではないから、それ以上何かできるかどうか保証はできません。でも養子とか他にも手段はあります。君が子供と離れ離れにならないで済むよう、最大限の努力をします」


「お腹が大きくなってから私と結婚したら、結婚前に手を出したふしだらな男性と言われませんか?」


「そんなことより貴女の意思を尊重したいです。ただ、貴女自身も結婚前に身を許した女性と非難されてしまうかもしれませんが・・・」


それを聞いたゾフィーは、強い意思の籠った瞳でラルフを見つめた。


「構いませんわ・・・私の意思は決まりました。プロポーズはまだ有効ですよね?」


「え?」


「プロポーズしてくれたではないですか」


「あっ!ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


ラルフはあわててゾフィーの前で片膝をついた。


「ゾ、ゾフィー・フォン・ロプコヴィッツ嬢、ど、ど・・・どうか私と結婚してください、ませんか?」


「ふふふ・・・はい、お願いします」


ゾフィーは、ついに指輪を指にはめてもらった。


「ありがとう、ゾフィー!うれしいよ!」


ぱあっと表情を明るくしたラルフは、丁寧な言葉で話すことをすっかり失念していた。指輪をはめたゾフィーの手をとってそっと口づけたら、唇からゾフィーの熱がどんどん移ってきたかのように身体中が火照ってきた。


ゾフィーのほうも、ラルフの柔らかな唇が接した所から熱がどんどん全身に広がっていくのを感じた。両親にこの指輪は安物と馬鹿にされたが、公爵家に頼らずに自己資金でラルフが買ってくれた指輪がゾフィーには最高の宝物に思えた。

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