第12話 思いがけない要請
ラルフがルドルフの従弟であることは王宮の勤め人達にも広まりつつあり、ラルフが次期公爵になるのではとか、ルドルフが婚約者との三角関係に悩んだ末に侍女と裸で抱き合ったまま情死したとか、王宮では人々が様々な噂を流していた。
ルドルフの葬儀翌日、ラルフは出勤しており、王宮で珍しく伯父のコーブルク公爵に出くわした。下級官吏であるラルフが高位貴族である伯父に王宮で出会うことはほとんどなく、実家が没落してからは家族ぐるみの交流はなくなったので、ラルフは伯父とは没交渉だった。
「ラルフ君、その際は参列いただいてありがとう」
「公爵閣下、お悔み申し上げます。私もルドルフには別れを告げたかったですから参列は当然です」
「他人行儀だね。伯父と呼んでくれてかまわないよ」
「ここは王宮ですから」
「とにかくここで会えてよかった。妹達に内密でちょっと相談があるんだ。今日、仕事帰りにいいだろうか?」
仕事帰りにラルフが公爵と待ち合わせしたのは、貴族街にあるレストランの個室だった。用件は、半ば予想していたが、やはり公爵家の後継ぎのことだった。それともう1つ、思いもかけなかった条件が後継ぎ問題についてくることがわかった。
「えっ?け、結婚?!」
「それとも君には婚約者か恋人がいるのか?」
「いえ、家がこんな状況ですから相手に悪くてずっと独身のつもりできました」
「それじゃあ、想い人がいるってことは?」
「仕事しながら、あのタウンハウスを維持して両親が無駄遣いしないように監視するのに精一杯でとても恋愛する暇はありませんでした」
「公爵家に養子に来て後継ぎになるのを了承してくれるのなら、ルドルフの婚約者だったゾフィー・フォン・ロプコヴィッツ嬢とすぐに結婚してもらいたい」
「すぐに?公爵家に行くかどうかは考える時間をいただけませんか?それにゾフィー嬢も気持ちの整理がまだつかないでしょう。すぐに結婚じゃなくて婚約期間をもうけるほうがいいのではないでしょうか?」
「それがそう悠長にやってられないんだ」
「えっ?」
「腹が大きくなってしまってからでは遅いんだ」
「え、え、えぇっー?!」
「しーっ!ちょっと声を抑えて!ええとだね、ゾフィー嬢はルドルフの子を妊娠している。だからゾフィー嬢とすぐに結婚して月足らずで生まれた赤ん坊を君の子として出生を届け出てくれないだろうか」
「どうしてルドルフの子として届けないんですか?」
「あんな死に方をした父の子という枷を孫に負わせたくない」
「私が結婚を断ったら?」
「その時は遠縁の子として我が家で養子にする。ゾフィー嬢は気の毒だけど修道院に行ってもらうことになる」
「そんな!彼女は実家にいられないのですか?」
「ロプコヴィッツ侯爵は未婚で子供を産んだ娘を家にとどめるつもりはないと言っている」
ゾフィーの境遇にラルフは思わず同情してしまった。憐みの心から結婚するのは間違いなのではとラルフは思ったが、貴族では政略結婚は当然のことだ。それなら、政略結婚に子供が付いてきたと思えばいいんじゃないかとラルフは思うことにした。
「ああ、それからこれが彼女の写真だ」
渡されたセピア色のポートレート写真では、ゾフィーの髪と瞳の色はわからなかったが、女神のように美しく、ラルフの胸の鼓動がドキンと高まった。
「あ、あの、ゾフィー嬢とすぐに結婚するのはかまいません。ただ、その前に彼女と話させてください」
公爵は、ゾフィーの父ロプコヴィッツ侯爵も2、3日中の面会を了承するだろうと答えた。
「それから公爵家の後継ぎになるにあたって他の条件は?」
「ゾフィー嬢の子供が女の子だったら、ゾフィー嬢との間に子供をもうけてほしい。もし今の腹の子が男の子だったら、白い結婚にしようがどうしようが君達の好きにしてくれていい」
「実子は、ゾフィー嬢が納得すればもうけます。ルドルフの遺児が女の子でもゾフィー嬢が白い結婚を望むなら私は構わないと思っています。もしそうなら娘の夫を公爵家に迎えればよいだけです」
「君がそれで納得できるならいいだろう。だが、生まれる前から哀れな運命の子にきょうだいがいてくれれば救われるのではと私は思うのだ」
「それもそうかもしれませんが、産むのはゾフィー嬢ですから、彼女の意思に任せます。それから私の子として出生を届けるのならもう1つ条件があります。未成年の間は子供がルドルフの実子ということはなるべく伏せるつもりです。でも伝えるべき時が来たら真実を伝えることを許してほしいのです」
「なぜ?自分の母親との結婚前に父が他の女と情死したと知るのは残酷だろう?」
「これだけ大々的に報道されてしまった事件です。人の口には戸が立てられません。子供の耳に入れる下世話な人間が絶対に出てきます。不確かな噂話で疑心暗鬼にさせるより、親子の情を交わす人間が子供のルーツを教えるほうがいいと思うのです。最も、それを子供が望んでいないと確信が持てたら、伝えませんが」
もうここまでゾフィーの腹の子の処遇について腹を割って話した以上、ラルフがゾフィーと結婚して公爵家を継ぐのはほぼ既定路線のようにコーブルク公爵には思えた。
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