第11話 没落子爵家
『コーブルク公爵家嫡男、侍女と情死!』
ノスティツ子爵ゴットフリートとラルフ兄弟の母カタリナは、普段はタブロイド紙なんて下賤な大衆新聞と蔑んで読まないのに、その日に限ってセンセーショナルな見出しの記事をじっくりと読んでいた。そこにカジノか娼館で夜を明かした夫フランツがやっと起きてきた。
「フランツ!大変よ!」
「一体どうした?」
「私の甥が侍女と心中しちゃったの!」
カタリナがフランツに新聞を渡すと、彼は記事にさっと目を通した。
「ふむ、お前の実家のコーブルク公爵家にはもう後継ぎがいなくなったな。うちのラルフを押し込めるんじゃないか?」
「ふふっ、フランツは相変わらずクズね。仮にも妻の甥が亡くなったのよ。」
「そういうお前だって嘆く様子が全くないが?」
そのときちょうどドタバタとノスティツ子爵家の王都のタウンハウスに入ってくる足音が聞こえた。次男のラルフが勤め先の王宮で従兄の訃報を聞いてあわてて戻ってきたのだった。
「父上!母上!ルドルフが亡くなったって本当ですか?!」
「ええ、本当よ。最もコーブルク公爵家からはまだ葬儀の知らせどころか訃報も届いていないですけどね」
「ああ、かわいそうなルドルフ!結婚直前だったのに!」
「それ、本気で言ってるの?ルドルフは婚約者を妊娠させておいて侍女と心中したのよ」
「えぇっ?!」
そんな事情を知ると、ラルフの同情はルドルフよりも彼の婚約者へ向かった。ラルフは少なくとも10年はルドルフと会っていなかったし、タブロイド紙を読んでおらず、王宮内に噂が広まる前に自宅に飛んで帰ってきたので、詳しい事情を知らなかったのも無理もなかった。
ラルフがルドルフと疎遠になっていたのは、ノスティツ家の没落と両親の放蕩のせいだった。もっともカタリナはダメ元でしょっちゅう実家に返す気のない借金要請をしていたので、兄である公爵とは嫌がられながらもたまに連絡をとっており、公爵家の事情はある程度は聞き知っていた。
母カタリナは先代公爵から都度都度援助を引き出していたが、それも兄であるアルベルトが爵位を継いでからは援助をもらえなくなってしまった。それなのにカタリナはいまだに羽振りが良かった頃を忘れられない。
ラルフと彼の兄ゴットフリートは家が破産状態になった後、寄宿学校中退を余儀なくされて、幼い頃からの婚約も破棄された。特にゴットフリートは寄宿学校の騎士課程卒業を目前に控え、卒業後は近衛騎士団に入れることになっていたから失望も大きかった。騎士課程の卒業資格がなければ従騎士から始めなければならなかったが、貴族の子弟でその過程を経て騎士になる人間はほとんどおらず、従騎士になるのも遅くて10代半ばまでの少年なので、当時18歳目前だったゴットフリートにはその機会も失われた。それ以降、ゴットフリートはやる気を失って家に閉じこもっている。だが、借金のせいでフランツが強制的に引退させられ、ゴットフリートが名ばかり当主になってしまった。
ラルフは寄宿学校を中退した後、王宮の下級官吏の試験を受けて合格し、それ以来、実質的に当主の仕事もしながら王宮で働いている。寄宿学校を卒業していれば、上級官吏試験を受ける資格があったが、とにかく職にありつけられただけでもラルフは感謝していた。
ノスティツ子爵家のタウンハウスは侯爵家当時のものだから、没落貴族には維持費の負担が大きく、ラルフは売却を主張したが、両親と兄の強烈な反対に合って仕方なく別館と使用人住居棟の建っていた敷地だけを切り売りした。残った本館は、タウンハウスを持っていない下級貴族が社交シーズンに王都に滞在するときなどに間貸ししてラルフの下級官吏の給料もつぎ込んでやっと維持している始末。使用人も料理人と庭師を兼ねる者と母の侍女、掃除と洗濯をする下働きの3人を通いで雇うのがせいいっぱいの状態だ。
そんなわけで28歳と26歳になったゴットフリートとラルフには結婚どころか新たな婚約の話すらない。2人の元婚約者たちは2人とも既に結婚して子供もいる。ラルフは元婚約者の幸せを願っているだけで未練はもうないが、ゴットフリートはまだ未練があるようだった。
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