幕間_星のおわり
訃報を聞いたのは八月の半ば、午前十一時に駅前で、海月の家族より電話で告げられた。
庵寿は放心し、はあ、そうですか、分かりました、と返事をして通話を切り、蒼白な顔で肇を見た。
「なに? どうしたの」
「クラゲ死んだって」
「は?」
「だから、さっきあいつの親父さんから電話来て。昨日の夜、死んだんだと」
「く、クラゲが?」
「そう」
「え、いや、な、なんで? めちゃくちゃ健康、だったじゃん。健康だったよね?」
「……」
「なんで……?」
たちの悪い嘘だとは思わなかった。庵寿がそういう類いの冗談を許さない人間であると肇は知っていた。だからいっそのこと悪い夢ではないかと、庵寿ではなく現実の方を疑った。
「ここからちょっと行ったとこに川あんだろ。あそこの橋の欄干に登って、んで落ちて、即死だったって」
「……」
「今日遊ぶのやめて今からタクシー拾って病院向かうぞ。いいな」
「……病院ったって、どうせ、霊安室じゃん」
行きたくないよと肇は言う。
死体を見てしまえば、いよいよこれが悪夢だとは思えなくなる。現実だと認めざるを得なくなる気がした。
「……じゃあ俺ひとりで行ってくる」
「……」
「お前、それで後悔しねえんだな?」
「……何さ」
「次に会うクラゲが骨壷でも、後悔しねえんだなって訊いてんだ」
「だって、じゃあ、まだ燃やされる前のクラゲにあったら後悔しないの? 死んじゃったねえってあっさり受け入れて今こうしてワケ分かんないのも笑い話にできちゃうの?」
言っているうちにぼろぼろと頬を涙が伝った。
受け入れられない、正しく現実を認識できない、状況を把握することも理解することもまだできていないのに、涙だけが先んじて出てきてしまった。
だって庵寿は人の生き死にを面白がる人ではなくて。
だって海月は待ち合わせの時間を一時間も過ぎているのに現れなくて。
今この状況は、中村海月が本当に死んでしまったと考えれば辻褄が合ってしまう。
結局肇は泣きじゃくったまま庵寿と一緒にタクシーに乗り、市内で一番大きな病院へ向かった。
院内に入ると警察官に声をかけられ、中村海月さんのご友人ですかと問われる。
嗚咽で答えられない肇に代わり庵寿が名乗り海月との関係性を説明し、奥の部屋に案内されて事の顛末を聞く。
事件性はないそうだ。
ただ、事故か自殺かは分からない、と。
夜中というには浅い夜に、橋の欄干に登り、そのまま落ちた。目撃者は多数居たが誰かに突き落とされたふうでもなく、ただ登って、そして落ちて死んだ。
死因は頭部外傷。飲酒や薬物の形跡はなし。
「そしてこれは目撃者の多くが言っているそうなのですが」
──お前達は花にでもなってしまえ。
──俺は月にでもなろう。
落ちる直前、そう叫んだのだそうだ。
錯乱した人間のうわ言にも、最後に遺した恨み言であるようにも、あるいはただ格好つけて叫んだらその拍子に落ちてしまっただけにも思えた。
どれも中村海月らしくて、どれもが決定打に欠けた。
何か悩んでいなかったか、トラブルを抱えていなかったか。そんなようなことを訊ねられたが、別になかったと思います、としか言えなかった。
最後に死体になった海月に会った。
肇はずっと泣いていたし、庵寿はずっと放心していた。
「……今気づいたんだけど、ムーンサイド・ヒル、永遠に続けるつもりで居たんだな、俺」
終わって気づいたわ、と庵寿は言う。
「俺達は、ここで終わろう。クラゲが居ないんじゃ駄目だ」
「……」
「俺はもう二度と音楽はやらない。けど、肇。お前が続けることを止めもしない。文句も言わない」
──それって呪いじゃんか。僕に音楽辞めさせないための呪文じゃんか。
そう言おうとしたが、やはり嗚咽に邪魔をされて言葉にはならなかった。
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