4.君と、新しい僕達
「このおっきな眼鏡くんがヨシマで、こっちの猫ちゃんみたいな子がカエデくん」
へえ、と君は言った。
ライブハウスを貸し切るとなり、お友達価格なんて甘えた考えはそもそもなかったとはいえなかなかに痛い出費だった。しかし僕はヨシマやカエデくんのおおよそ二倍生きており、それなりに格好つけたいという見栄もあってひとりで支払った。
後悔はないがしばらく買い物は控えねばなるまい。
「あ、安達ヨシマです。よろしくお願いします」
君もかなり背が高い方だとは知っていたが、同じくらい長身のヨシマと並ぶとさすがにかなりの圧だ。平均的な身長のカエデくんが小さく見えるし、やや小柄な僕など首が痛くて仕方ない。
「ヨシマくんね。本名なんだって?」
「はい。恥ずかしながら……」
「ご両親釣り好きだったりすんの?」
「あ、そうです……! 両親とも釣りが趣味で、あとまあ、その、名前とは漢字が違うんですけど出会ったのが与島だったそうで……」
「へえ。ヨシマくんは釣りすんの?」
「しない……ですね、引きこもりだったものですから。ええと……」
「あ、ごめんな。新田庵寿。好きに呼んでいいよ」
「ありがとうございます、えっと新田さん……は釣り、なさるんですか?」
「しねえなあ。地理けっこう好きだから物見遊山で島めぐりは若いときしてたが」
「そうなんですね……」
ヨシマは僕と初めて会ったときより全くもってリラックスして話している。外に慣れたのか言語外で新田庵寿という人物の第一印象が良かったのか、それとも初対面のときの僕が知らず知らず圧を与えていて、こちらが本来のヨシマなのか。
「俺も! 自己紹介! したい! です!」
「あ、ご、ごめんカエデくん、俺ばっか喋ってた……」
「それは気にしなくていいよ。ヨシマが楽しそうだと俺も嬉しいから」
「あ、ありがとう……」
「ああ、お前か。噂の人たらし坊主」
君はそう言って笑い、カエデくんな、知ってるよ、と言葉を続けた。
「失礼だったら申し訳ないんですけど、アンジュってめちゃくちゃ可愛い名前ですね。天使!」
「おー、よく言われるわ。いおりにことぶきって書くんだ。一応母方の実家が寺でそこの住職がつけたらしいが、読みがやたらに西洋的だよな」
「海外でも通じる名前って考えたのかも! 俺庵寿さんって呼んじゃお」
君は、いかにも若い子を見守るオッサンの顔をしている。
僕には意地悪なことばかり言っていかにも性格の悪そうな笑みばかり向けるくせに、ヨシマやカエデくんにはあんなに優しげに、気のいいおっちゃんの顔をして笑っている。
そういうところが嫌いだ。本当に。
君だけ順当に歳を取りました、と言われているようで。
「そこの馬鹿が金出したから今日一日はここ好きに使っていい。ただし備品は壊すな汚すな。いいな?」
「はーい!」
「はい……!」
そこの馬鹿呼ばわりは気に食わないが、まあ変に仲良しアピールみたいなことをされても僕は文句を言っただろう。君が僕を馬鹿呼ばわりするのは今に始まったことじゃないし、ここは黙って受け流してあげよう。
「ん? 庵寿どこ行くの?」
「買い出し。明日分の飲み物とか微妙に足んねえから」
「おっけー。勝手にやってるね僕ら」
「おう」
静まり返ったライブハウスに、僕とヨシマとカエデくん。
適当な雑談をしながら準備をして、それで。
僕はムーンサイド・ヒルを思い出していた。永遠に続くと思っていた、あっさり終わってしまった、二度と名乗ることのない僕達のことを思い出していた。
君は同じ気持ちではないのだろうか。僕が、君とクラゲではない人達をくくって『僕達』と呼ぶことに何も思わないのだろうか。
──なんて、それはあまりにもわがままか。
どうあれ君はまだクラゲを想って怒ってくれるのだから、まあ、それで十分ではないだろうか。
「よし」
演奏を始める。
空っぽの箱に僕達の音楽が鳴る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます