幕間_月に傾倒

 ムーンサイド・ヒル。

 彼らが名乗った最初で最後の名前。

 ドラムは日高肇。ギターは新田庵寿。ベースボーカルは中村海月。名作ゲームのエリアから名前を取って海月がそう名付けたスリーピースバンド。

 これで商売をしていく覚悟はなかったが、三人揃って他の生き方など見当もつかず、そのまま若気の至りで一生を過ごす気で居た。

「お前達、月というものは」

「あ?」

「なに?」

 空も白み始めたがまだ薄暗い朝方。蒸し暑さのピークであろう八月。

 庵寿の家で酒盛りをして、さんざん大騒ぎして疲れ果て、全員ぐったりとしていたとき。海月は突然月の話を始めた。

「唯一の地球の衛星にして、クレーターだらけで醜い裏側を地球には見せず、ただ仄かに慎ましく、そして美しく佇んでいるわけだ」

「ポエムなら明日聞くわ」

「今聞け庵寿」

「あー? 酔っ払ってんの?」

「酔っているからこういう話をするのだ。素面じゃできん。だから今聞け」

「だっる……肇寝んなお前も道連れだ」

「うー……」

 心底嫌そうに、怠そうに、しかし身を起こして海月の話を聞く体勢になる。そんなふたりの様子を見て、海月は真顔のまま言葉を続ける。

「月を軽んじてはいけない。月を蔑ろにしてはいけない。間違っても太陽の偽物などと考えてはならんのだ、お前達」

 分かったか、となぜかくだを巻いてふたりを順番に指さす。

「分かんないけどクラゲがめちゃくちゃお月様好きなのは分かったよー」

「ふん。俺はいずれ月になる」

「なに? ポエム止まんねえなクラゲ」

「俺は月になるのだ。お前達は、何になる?」

「え? えー……僕はねえにゃんこになる」

「じゃあ俺土星」

「え、ふたりとも星になるの? なら僕地球になる」

「おーおーこっち来んじゃねえにゃんこだろお前は」

「はあー? だって庵寿土星になるんでしょ? 僕地球でクラゲ月でずっと一緒だけど庵寿だけ仲間はずれです残念でしたあ」 

「最悪体当たりしてお前ら諸共ぶち壊すからセーフ」

「何がセーフか全然分かんない」

 痺れた頭と疲れきった身体で笑う。

 海月もひとしきり笑い、ばたんと倒れた。

「クラゲ寝んの?」

「寝る」

「あっそ。俺も寝るわ」

「あー庵寿僕のタオルケット取らないでよ」

「はあ? ここは俺んちでこのタオルケットは俺のもんだ。悔しければ帰るんだな、まだ始発も出てねえが」

「庵寿のそういうとこほんっと嫌い」

「お前達うるさいぞ」

「そもそもクラゲが喋り出したんじゃん」

「うーるーさーい」

「うるさいとはなんだよお」

「肇やめとけ、クラゲ駄々っ子モード入ってる。大人しく寝んべ」

 力の入っていない肇の笑い声が最後に少し部屋に響き、それから三人分の寝息のみが満ちた。

 外が明るくなりきってなお、空にはまだ薄ぼんやりと月が出ていた。

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