3.カエデくんについて

 カエデくんの可愛がられる才能というものはとにかく凄まじい。

 見た目は今どきのチャラついた青年なのだが、よく笑いよく喋り、程よく無知で、程よく賢く、聞き上手で付き合いが良い。

「カエデくんは、『くん』も含めてハンネなんだね」

「そうです! さん付けで呼ばれるほど大した人間じゃないし、呼びやすいし親しみやすいと思って」

「かしこーい」

「えへへ」

 笑うと八重歯が目立つ。真顔で黙っているとややきつく感じる顔立ち──特につり目気味の鋭い目つき──も相まって、猫を連想させる。そう告げるとよく言われますとなぜか嬉しそうにした。

「あ、今ライン来たけど電車遅延してるからヨシマちょっと遅れるって。このまま待ってよっか」

 夜の居酒屋。店内に客は多いが、予約をしていたから席の確保は全く苦労しなかった。僕はウーロンハイを注文し、カエデくんはビールを頼み、ついでに唐揚げ盛り合わせや焼き鳥も注文してもりもり食べている。

「ほんとにカエデって名前なの?」

「ううん、本名は秋尾楓太あきおふうたって言います。楓太がカエデに太いって書くんで、カエデくん」

「へー、可愛い名前だね」

「ふふ。レッサーパンダと一緒なんです。でもね俺、この名前で二月生まれ」

「えー! じゃあなんで楓太なの?」

「響きと字面」

「響きと字面かー!」

「あはは」

「まあ僕もなんかカッコイイってだけで肇だしねえ。そういう名付けがあっても悪くないか」

「こういう個人的鉄板エピソードも語れますしね。俺自分の名前わりと好きです」

 カエデくんは動画サイトでいわゆる『弾いてみた』の動画を上げていて、単純な演奏の技量と生配信で喋っているときの人柄、雰囲気、顔立ち諸々で人気者だった。

 てっきりベースが大好きでとにかく弾いていたい類いの人間かと思ったが、箱を開けてみれば本当はバンドがやりたかったがメンバーが集まらない、ヨシマのように自分で曲を作ろうにも金欠で設備を揃えられない、けれど弾かないという選択肢も選べず中途半端な気分のままネットで活動していたそうだ。

 あれはあれで楽しかったけど、とカエデくんは語る。

「やっぱりこう、憧れがあったんですよね。わいわい曲作ってみんなで合わせて練習して演奏して、っていうの」

「カエデくんが声かければいくらでも人集まりそうなのに」

「俺けっこう我もこだわりも強いもんですから、その、えへへ」

 なぜか照れくさそうに笑い、もごもごとした言い方でカエデくんは言う。

「楽器やってる友達の演奏聴いて、なんか違うなあとか思ったりして」

「納得できる音じゃなかった的な?」

「的なですね。もうほんっと偉そうで我がことながらやんなっちゃうんですけど」

「僕とヨシマは合格だったんだ」

「そんなそんな、品定めするつもりはなかったですよ。でも、そうですね、なんかこれだって思ったんです。ふたりともマジで上手いし、あとなんか、言葉にできないんですけどしっくりきたというか」

「そーゆー感覚は大事だよカエデくん」

 まあ何はともあれカエデくんは僕とヨシマを選んでくれたわけだから、文句なんてないしこだわりもないよりあった方が良い。

 こだわりの強さと気難しさと口下手さが合わさってしまえば付き合いにくい人間にもなろうが、カエデくんの人柄ならばその心配も少ない。

「でも俺がボーカルで良いんですかね。俺は嬉しいですけど、なんか当たり前のようにヨシマに譲られた感が否めない」

「良いんじゃない? 曲作ってる人が偉いとかそういうの最近薄いし。不安ならヨシマに訊いてみなよ」

「肇さんは?」

「僕はカエデくんの声超好きだから異論はないよー。歌も上手いしね」

 ありがとうございますと元気に言って嬉しそうに笑う。

 ヨシマから電車が動いたと連絡が来る頃、唐揚げ盛り合わせの皿はからになっていた。

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