幕間_花が嫌い

 中村海月なかむらみづきは名前の字面から『クラゲ』と呼ばれていた。

 そのあだ名について彼自身がどのような感想を抱いていたかは誰も知らないが、しかし海月はクラゲと呼ばれれば振り返ったし、誕生日に友人からクラゲを模したピアスをもらえば笑っていた。

 海月は新田庵寿にったあんじゅと日高肇とよくつるみ、三位一体やら三英傑やら大袈裟な言葉で自分達を括った。

 庵寿はそれを笑ったし、肇はそれを喜んだ。共通しているのは海月を好ましく思っていることだった。

 春先、海月は機嫌の悪い日が多くなる。

 その理由を庵寿も肇も知っていたが、同時に疑問にも思っていた。

「お前なんで花嫌いなの?」

 切り出したのは庵寿。

 海月は顔をしかめ「愚問だな」と鼻で笑った。

「においが好かない。見た目もことごとく好かない。そのくせ愛されるものや尊ばれるべきものの筆頭であるとされる。気に食わん」

「自分が苦手なもんが愛されてんのが嫌なんだ。ちっちぇー」

 笑う庵寿の脇腹を小突いて、愚か者めとぼやく。

「普遍的に愛され、守られるものの例えならば絶対に赤子の方が相応しい。花なんぞ臭くてキモくて最終的にはカサカサになって虫がたかる役立たずだというのに」

「クラゲ赤ちゃんは好きなんだ」

 肇が口を挟む。海月は当たり前だと返す。

「ぷくぷくふあふあしていて、もぞもぞ動いて大いに泣いて、あんなもん可愛いに決まっている。生物としての本能だ」

「へー。そこはまともなのね」

「たわけ、俺はいつでもまともだ」

「まあいくらクラゲでも肇よりかはな」

「庵寿うるさい」

 肇と庵寿がくだらない言い合いをするたびに、海月は喉の奥で笑いながらそれを眺めていた。本気の喧嘩にならないことを知っているから止めもせず、ふたりの様子を肴に酒を飲むことすらあった。

 海月は自分から積極的に他人を評価したり第三者について語ることは少なかったが、ふたりは例外で、そのおおよそ全てが褒め言葉と自慢話だった。

 中村海月は花が嫌いで、赤子と、新田庵寿と日高肇が好きだった。

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