2.安達ヨシマについて
「ヨシマって本名なんだ」
はい、と目の前の青年は頷いた。長身なのに猫背と縮こまった態度のせいで大柄には見えない。アイスコーヒーを啜り、伏し目がちにしながら言葉を続ける。
「与える、歴史の史、真実の真で与史真です。本当に変な名前ですよね」
「えー? 僕は好きだけどなあ。覚えやすいし」
ヨシマはありがとうございますと笑った。笑うと可愛い。器量良しでもある。眼鏡も人によっては容姿にとってプラスに働くと思うのだが、どうにもヨシマは自分の顔や姿かたちに自信がないらしく、こんなに暑いのに長袖を着込んで帽子を目深にかぶり、カフェに居る現在も帽子を取る様子はない。
「ヨシマなんか食べる?」
「いえ……」
「帽子取らないの?」
「はい……」
「なんで?」
「……ほくろが多くて……みっともない顔をしているので……」
言われて初めて意識をして見ると、確かに帽子の下のヨシマの顔にはいくつか目立つほくろがある。
それを恥と思う気持ちは僕には分からないが、しかしまあ、人によって物事の大小や深刻さは変わってくるものだ。
そっか、と返事をして、僕だけが店員にホットサンドを注文した。
「……肇さん、は、本名じゃないんですよね」
「そうだよー。でも二十年前から
「由来とか、訊いても?」
「肇って名前なんかカッコイイから。日高も字面が可愛いし。そんだけ」
「へえ……」
ヨシマと知り合ったのは約半年前。年末の大型イベントでヨシマは『アソウギP』としてアルバムを販売し、この性格ゆえだろうが売り子こそしていなかったものの、こそこそと一般客を装い自らのブースの様子を眺めていた。
そのあまりの挙動不審さ、怪しさ、分かりやすさに僕は思い切って「もしかしてアソウギさんですか」と声をかけたのだ。
軽くパニックを起こしていたアソウギPこと
バンドをやらないかと持ちかけたのはその更に数ヶ月後。カエデくんというまだ幼さの残る青年に出会ってすぐのこと。
無事に話がまとまったのは夏に差し掛かった現在だ。
「……けど、あの、こんな引きこもりを外に連れ出してくれて、ほんとに、ありがとうございます」
頭を下げられる。
「引きこもりったってねえ、僕初めてヨシマに会ったとき外だったよ」
「それはそうですけど……俺ほんと、あのとき逃げ帰ろうとしてて。それでもう二度と外に出ないでひとりで死んでいくつもりだったので……」
「重い重い重い」
けらけらと笑うと、ヨシマも中途半端に笑ってすみませんとまた頭を下げた。
「僕の話を受けてくれたのはヨシマだよ。選んだのはヨシマなんだから、お礼は決断した自分に言いたまえ」
「はい……!」
ヨシマはギターこそ上手いが、他の楽器はほとんど触ったこともないそうだ。
ギター以外は全部ソフトの打ち込みの音で、それも勉強もろくにせず感覚だけで音作りをしていたらしい。
どうしてと訊くと、ぼっちだったので、という返事が返ってきた。
バンドをやろう、他人と協力して何かを作ろうという発想がそもそもなかったのだそうだ。思えばアソウギPは作詞作曲もマスタリングも、動画内で使っているイラストすらひとりで作っていた。なまじなんでもできてしまったから、無理して他人に頼る必要性を感じなかったのだろう。
「ヨシマはさー」
訊ねる。
「逆になんで僕とかカエデくんとバンドやろうって気になったの?」
店員がホットサンドを運んできて、お礼を言ってからかぶりつく。その様子を眺めながら、ヨシマは少しバツが悪そうにした。
「……肇さんとカエデくんが良い人だったので……俺みたいなのでも友達になってもらえる気がして……そんな人達から誘ってもらえたら、やっぱり嬉しいじゃないですか。頼りにされた、って思ったし……」
「うふふ」
「すみません……」
「謝ることないんだよー。嬉しいんだよー」
裏切れないなあと思う。最初から裏切るつもりなんてないし具体的にどう裏切るかも思い浮かばないが、しかしヨシマのような青年を裏切るような真似はしてはいけないと心底思う。
「今度さ、試しに合わせてみよっか。ライブハウスはあてがあるんだ」
「セッション、という、やつですか」
「セッションというやつですね」
いかにも嬉しそうな顔をするヨシマに笑顔を返す。
「でもそのライブハウスのオーナー、超性悪だから気をつけてね」
「こ、怖い人ですか?」
あからさまに怯えた顔をするヨシマに再度笑顔を返す。
「顔はね。反社みたいな顔してる」
「ひえ……」
「まあでもヨシマみたいな子は気に入るんじゃない。あいつけっこう面倒見良いしええカッコしいだし、何かあればわがまま言うと良いよ」
「反社にですか?」
「顔だけね。顔だけだから安心して」
笑う。
ヨシマもすみませんと言って笑った。
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