第15話 カウンセリングルームにて・2
こんばんは、五樹です。昨日は投稿しませんでしたね。
本日金曜日は、2週に1度のカウンセリングでした。その内容の事は後に話すとして、まずは、昨日の話をしましょう。
時子の通うカウンセリングに通じて流れているのは、「身体に記憶されたトラウマを解消させる」という考え方です。
そして、カウンセリングの前後は、カウンセリングルームの中で施されるトラウマの処理に、身体と脳が、準備を始める。カウンセラーはそう言います。
「トラウマに対処する場所に行くという事は、脳は分かっているんですから、予行演習として過去の嫌な事を思い出したりします。それで、カウンセリング前後が辛いというクライアントさんは多いです」
考えてみれば当たり前の事かと思いますが、そう聞くと不思議な気がします。脳は、僕達が思っているよりずっと働いているのかもしれません。
カウンセラーはこうも言います。
「カウンセリングでは、思わず出てきた一言などから始めます。それは、その日のカウンセリングではこれに対処をして欲しいという準備が出来ていて、その事を思い出すんですから」
とにかく、昨日は大変でした。いくら“予行演習”とはいえ、あんな思いをするとは思いませんでした。
昨日の朝から、時子は大変不安定でした。
夫との朝の会話だけで混乱し始めたり、その後辛くなって掛けた叔母との電話でも、同じ。とにかく始終目まぐるしく、彼女の前には過去の苦しみが蘇り、過去の辛さがずっと口から溢れ出ていた。
僕は昨日、「明日はカウンセリングで、昼に外出するから、睡眠導入剤などは夜に飲んで」と彼女に呼び掛けていました。
僕達二人は朝から何度も交代していたけど、僕は適宜食事を摂っていました。でも、彼女は「量が多すぎる」と怒り、その事で混乱し、僕はツイッター越しに叱られました。
あまりに不安定な中で時子はついに耐えられず、僕と交代した。その時に時子は、ツイッターのつぶやきでこう書き残していました。
「ごはん、食べていいので代わって下さい。私はもう目覚めたくないので、全部代わって下さい。あげますから。なんでも自由にしていいですから。お母さん、ごめんなさい」
この子は、限界まで追い詰められると、まるで母親に叱られていた子供の頃に戻ってしまったように、母親に向かって謝ります。それを見ていた僕は、身を切られるような思いでした。
なぜ君ばかりが罪を着るの。それを君がする必要などどこにもないのに。そう思って辛かったです。
ともかくその晩時子は酷く疲れていたので、夫君にLINEで、時子の好物の、チョコレートドーナツを頼みました。夫が帰宅してからは、時子はすぐに目を覚まして、満足そうにドーナツを食べていたので、良かったです。
では、話を今日のカウンセリングに移して、そこで行ったイメージワークに絞りましょう。
カウンセラーに肩、腎臓の辺りの背中、首の後ろに触れてもらい、記憶を呼び覚ましやすい体の状態にしてもらう。それから、自然と口から出てきた事へ、イメージワークで対処をします。
時子は、今日も母親の話をしました。
「お母さんの事を、一番怖いと思ったのは、いつですか?」
カウンセラーが話の流れを上手く取ってそう聞くと、時子は考えながらこう答えます。
「うーん、壁に向かって投げられた時、ですかね…」
「壁に向かって?投げつけられたって事ですか?」
「はい。5歳くらいの時、家に帰りたくなかったんです。お母さん怖いし。それで、夜の9時頃まで、友だちを公園に引き止めて、やっぱり帰るしかなくなったんですけど…家に帰ったら、投げられました」
時子は笑い混じりにそう答えました。彼女にとっては当たり前だった。
「じゃあ、その、投げようとする前のお母さんを、あの絵の額縁に入れて、そのまま凍らせちゃいましょう」
カウンセラーは、カウンセリングルームでベッドの横にあった、花の絵を指さします。
「凍らせる…?」
「ええ。凍らせて、どこかとても遠い所、地球上でも、地球以外でもいい、遠くへ置いてきちゃいましょう」
「わかりました。やってみます」
時子は絵をほんの一、二瞬間眺め、すぐにそこへ、自分に掴みかかろうと向かってきた母親を当てはめ、彼女の目の中で、母親は凍りつきました。それは、そんなに時間や想像力が必要な作業ではなかった。よく覚えていたからです。
「凍らせました…」
「どこへ置いてきましょうか?宇宙?」
「いえ…マリアナ海溝の底へ。もしかしたら、宇宙よりも行くのは大変ですから」
「では、やってみて下さい」
彼女の目の中で、一人用の潜水艦が現れ、潜水艦から伸びたアームは、母親が凍りついた絵を持っている。そんなイメージを働かせ、ゆっくりと絵を海底に置いたら、時間を掛けてまた地上へと戻り、飛行機で日本へ帰ってくる。時子は細かい想像を素早く働かせて、イメージワークを終えました。
「終わりましたか?では、あなたを投げつけたお母さんは、それをする事は出来ずに、凍ってしまいました。それに、もうお母さんは来ない。だから、これでおしまいでいいんですよ」
「そうですか…」
体に触れてもらっていた時子は、今日も終わったらベッドから起き上がる。
「どうですか?今、気分は?」
カウンセラーに聞かれると、時子はいつも「疲れました」と、笑って答えます。
「ええ、ええ。本当に疲れたと思います。体を使いますから。お疲れ様でした!すごかったですよ!」
僕は、今のカウンセラーが行っている手法を経験から理解する事は難しいと思っています。
でも、すでに時子の気持ちはどんどん楽になっている。その直近の経験だけで語っても、大変効力のある方法で苦痛を取り除いてもらっていると思います。
次のカウンセリングまではまた2週間が空きますが、時子が早く解放されるように、僕は祈っています。
ところで、今晩の時子は、2時間半も眠らずに目を覚ましてしまいました。だから、投稿が済んだら、僕がまた眠ろうと思います。本日もお読み下さり、有難うございます。それでは。
つづく
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