パターン6 マヨ.4
「ホントに鳥の卵、あるんですか!?」
俺は思わず叫んでいた。
「ハイ、アルマスルヨ。ワタシタチタベルタクサンカラ」
俺の前にいるのは、爬虫類系人間の通訳さん。見た目はいわゆるリザードマンといえばだいたい正解に近い。性別は女性。ただし、卵生の彼女らは外見上の男女の差はほとんど無く、他種族の俺からは全く判別がつかない。
そんな彼女に連れられて行った商談先で、思わず俺の声が大きくなってしまったのだ。
話には聞いていた。こっちの人間は鳥の卵を食べると。
ただ、それをマヨネーズに加工できたとして、世界に流通させるだけの数が揃えられるのか、価格はどうなるのか、その辺りの問題は現地で調査するしかなかった。
こっちで手広く卸売りをしている会社との商談の前、待合時間に軽くこちらの常識的な情報を聞いておこうと思っていただけなのだが、これは期待出来そうな感じだ。
コンコン、とノックされ、開いた扉から二人の人が入ってきた。俺から見ると顔では判別がつきづらく、服装も仕事用の正装なのか似たもののため、正直見分けがつかない。とりあえず一人はネックレス、もう一人は腕輪をしているので、それで区別することにする。
「●▲□♯♪≒▽ゐメメ」
「▲□▽=メメ◎◎♯」
腕輪の人と通訳さんが挨拶をしている。こっちの言語は全くわからなかった。日本語と英語があったのだから、もしかしたらこの言語も地球に存在する言語なのかもしれなかったけど、それがフランス語でもロシア語でもイタリア語でも、知らなければ同じ事だった。
「ヨロシクト、キタイシテリルトイテイマス」
「こちらからも、よろしくお願いします」
俺は相手と握手をした。とりあえず幸先は良さそうだ。
お互いにテーブルを挟んで向かい合うように椅子に座ると、通訳さんと相手が少し話す。何を言っているのかはさっぱりわからないが、話し方や表情の感じからすると、ずいぶん親しげだ。事前に聞いたところによると、初対面のはずだけど。
確か、爬虫類の人間は、爬虫類の人間同士では家族のように仲がいいらしいと聞いた。
それというのも、卵生である彼らは元々、そもそも子供を世話して育てる事がなかった。卵から孵った時から自分の力で生きていかなくてはならない。のだったが、そこに子供を育てる一族が現れた事で、文明が生まれたと言われている。ただ、卵の区別をしなかったらしく、どれが誰の子供なのかわからない。だから、子供は大人をみんな親だと思い、大人は全ての子供を自分の子供として世話をする。そんな関係だからこそ、一族全てが家族としてつながっている。それが一族から集落単位、町単位、国単位とどんどん広がり、今では爬虫類の人間全体が家族のような関係でいるらしい。
だからといって、爬虫類の人間同士で諍いが無いかと言えばそうではない。血のつながった家族でも喧嘩をすることは当たり前にあるし。
でも、爬虫類の人間以外の敵が現れたとき、その団結力は他の種族とは比べ物にならないとか。
一通り挨拶が終わり、商談が始まる。
腕輪の人が話した事を、通訳さんが翻訳する。
「ソレデ、ダレノイノチヲ、クレマスカ?」
「……は?」
俺は腕輪の人と通訳さんを交互に見る。二人とも社交的な笑顔に見えるが、爬虫類顔だ、哺乳類とは感情の表現が違うのかもしれない。俺は周りを確認する。ここには俺の他に、三人の仕事仲間がいる。彼らも驚いているようだ。
幸先の良さはどこにいったんだ。
「す、すみません、誰の命、とは?」
通訳さんと腕輪の人がいくつかやり取りしたあと、こちらに向いた。
「ジュウヨウナトリヒキ。ナカマノイノチ、サシダス。シンヨウ、ナル」
ま、マジで言ってんの?
「ちょっと待ってくれ。仲間の命を差し出すことは出来ない」
「ソレデハ、トリヒキデキマセン。サシダス、キメタホウガイイ」
おいおい、正気か?
「じゃあまず教えてくれ、俺の仲間をいったいどうするつもりだ?」
うーんと考えて答える。
「シゴト、ナイヨウ、カクニンスル。マチガイ、ウラギリ、アリマスカ、ヨウニ」
んん?
「誰が、誰の、仕事を、確認する?」
「サシダスイノチガ、カレラノ、カクニンスル」
つまりそれって。
「取引がちゃんとされてるか、不正がないか、誰かが残って監視するって事?」
「ソレイガイアリマスカ?」
それ以外にしか聞こえませんでしたけど!?
腕輪の人が何か話し、通訳さんが訳す。
「アズカッタイノチハ、オイシクオモウ。キライナッタラ、ホウコク、ホントウジャナイ、サレルカラ」
こ、これは、通訳さんの力量の問題なのか。これでも結構ベテランのはずだったんだけど。それと、俺達が爬虫類の人間の文化について勉強不足だったのも問題の一因か。お互いの仲間を交換して出向させるって取引の仕方が普通にあるんだろう。
このあとも何度かやり取りをした結果、取引の確認のためこちらの仲間を一人ここに残す事。その仲間は大切な取引相手なのだから、出来る限りのおもてなしをされるであろう事。そんな事がだいたいわかった。
俺は仲間とともに胸を撫で下ろした。とりあえず話し合い、残る一人を決めた。
その後はスムーズに話が進んだ。通訳さんの日本語を注意深く確認しながらだったが。
こちらの鳥の卵を定期的に手配してもらえる事が決まり、こちらの持ってきたマヨドキをここでも取り扱ってもらえることにもなった。爬虫類の人間の舌にも、たいそう評判が良かった。俺の心境は複雑だった。
そして商談が終わり、一息ついた後、本番が始まる。
本物のマヨネーズ作りが。
俺は今まで何百と繰り返した作業を、一つずつ丁寧にこなす。
日本で食べてきた、あの味。
今や俺の目標は、あの味のマヨネーズを完成させる事だった。
居酒屋のバイト時代、何度も作ってきた。手順に間違いはない。
そして揃えた厳選材料。
出来るはずだ。
完成したそれは、見た目に関しては百点だった。触った感じも匂いも懐かしささえ感じるあのマヨネーズそのものだ。
俺はそれを指先にすくい取り、ゆっくりと口に入れた。
◇◆◇◆◇
「もう、昆虫類の人間に賭けるしかない!」
「社長、それは流石に危ないですって」
社員から止められようとも、俺の意志は固まっていた。
結局、どんなに厳選した食材を使っても、マヨネーズを再現することは出来なかった。
こちらの料理人にも協力してもらって、様々な工夫をこらしてみたが、それでもどうにもならなかった。
出来たのは、あらゆる味のバリエーションのマヨドキばかりだ。
何がいけないのかわからない。もしかしたら成分の根本的な所に差異があるのかもしれないが、ここに成分を分析出来るほどの技術もないし、そもそも日本のマヨネーズと比べられなければ意味が無い。
「俺はな、これに人生を捧げる覚悟でいるんだ」
「それはわかりますけど……」
俺の目標はいつの間にか、大金持ちになる事から、マヨネーズを完成させる事に変わっていた。
俺の会社はすでに世界有数と言っていいほどの企業へと成長していた。
でも俺がしたいのはそうじゃないんだ。いや、ただの意地なのかもしれないけど。
「危険は承知の上。言葉も常識も通じず、交流さえも可能性が低い。そしてそもそもマヨネーズにつながる食材があるのかどうかもわからない。それでも!」
俺は社員の目を真っ直ぐ見つめた。
「俺にはそうするしかないんだ」
「社員ぉ……」
社員の頭の上の犬耳が、ヘタリと下を向く。俺の熱意に折れてくれそうだ。
「それじゃあ、安全対策だけは完璧にしてくださいよ」
「わかってるよ。軍隊から引き抜いた精鋭部隊を引き連れていく。装備だって最新鋭だ」
「戦争でもするつもりですか?」
「そんなわけ無いだろ。交渉して、継続的な取引をしないといけないんだから」
ほんと、どうなっても知りませんからね。そう言って社員は準備のために部屋を出ていく。
◇◆◇◆◇
周りから見れば、俺は成功者かもしれない。でも、最初にマヨネーズを作ろうとしたあの日から、俺は俺の手では何一つ成功させる事が出来ないでいる。
ただ混ぜるだけの簡単な料理ですら作れない。
このモヤモヤした気持ちから脱出するには、とにかくマヨネーズを完成させる以外に道は無い。
俺はこの世界で、マヨネーズを追求し続けるのだ。
パターン6 終
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