パターン6 マヨ.1
「ここはどこだ?」
目覚めた時、俺は近所の神社にいるはずだった。
昨日の深夜、バイト帰りの途中でこの神社に寄って、疲れて動けなくて仮眠をしたはずだった。
思ったより深く寝入ってしまって、辺りの明るさに慌てて起きたところだ。
俺の知ってる神社は山の中腹にあって、境内から下の町並みが眺められる。俺はその景色が好きで、ときたま寄っては眺めていたのだ。
しかし。しかしだ。
今目の前に広がっているのは、広大な海原だった。
「あー……。夢かな、これは」
そう呟いて辺りを見回す。
神社は俺の知っている神社だ。多分。もしかしたら細かいところが違ったりするのかもしれないけど、少なくとも俺が見る限り、元の神社と差は無かった。
神社の外には住宅街になっているはずだが、それは見当たらなかった。俺の家も坂の上にあるのだが、それも無さそうだ。
「あれ? こんな所で寝てたら風引くよ」
「っ!!?」
急に話しかけられてビビる。振り返ると、少し離れた所に巫女さんが箒を持って立っていた。この神社、人は常駐していないはずだったので、さらに驚いた。
そして、あまりにも自然に彼女の頭についている獣耳に、驚く以前に
狐耳の巫女さんだ。コスプレ感は無く、日常の風景に見える。
いやいや、流石にそれはないだろう。きっと近所のいたずら好きのお姉さんに違いない。
「どうした? 何かあったか?」
その声と共にもう一人登場。
神主姿のおじさんだ。
巫女さんが神主さんに駆け寄り、なにか話している。
その声は俺の耳には届いていても、内容は全く頭に入ってこなかった。
俺の意識は、巫女さんのお尻で揺れる尻尾と、おじさんの頭にあり時折ピクピクと動く大きな狐の耳に釘付けだったからだ。
◇◆◇◆◇
「さて、これからどうしようか」
見知らぬ町並みを行き交う人々を眺めながらひとりごちる。
その人々の頭には、いろんな動物の耳が付いていた。もちろん飾りではなく、本物の耳だ。
あのあと、とりあえず自分の置かれた状況を説明してみた。けど、あまり本気にしてはもらえなかったようだった。せいぜいが家出の言い訳。
行くアテがないなら、しばらくならこの神社にいてもいいと言ってもらえた。とは言っても小さな社があるだけの場所。部屋の中は六畳ほどの広さで、奥には神棚のようなものが祀られている。野ざらしで寝なくて済むだけありがたいと思おうか。
「まずは、金を稼がないとな」
今の俺は文無しだ。このままでは数日で飢え死ぬだろう。
とはいえ、この見知らぬ地で俺に何が出来る?
考えてもアテは一つしかなかった。
「料理を作る仕事を探そう」
俺がやっていたバイトは居酒屋だ。しかも大将がやたらと手作りにこだわって、調味料すらなるべく既成のものは使わないほどだ。そんなこだわりの店で働いていた経験は、この世界でもある程度通用するはずだ。
まかない飯も出るかもしれないし。
町を歩きながら観察する。この世界の文明程度は意外と高い。電気こそまだ普及してないものの、ガス灯や自動車は普通に使われているし、上下水道も整っている。
生活するだけなら、それほど苦労はなさそうだった。
そして道々をゆくケモ耳の人達。
彼らはこの世界の『人間』だ。どういう進化過程をたどったのかわからないが、犬系、猫系など、様々な動物を祖とする人間がいるのだ。俺自身は猿系の人間という風に判断されている。
そんな事を考えながら歩いていると、ずいぶん混雑している大衆食堂を見かけた。人手が必要なら雇ってもらえるかもしれない。俺はその店が暇になる時間を待って、直接掛け合う事にした。
◇◆◇◆◇
「いらっしゃいませ! ワニカツ定食一丁!」
俺は食堂で働いていた。客の注文を聞き、料理を運ぶ。
「ニャンコ丼二つにデンデン唐揚げ定食追加!」
「クロマ煮定食おまたせ! 天ぷら盛り合わせもう出るよ!」
昼と夜のピーク時はかなり忙しい。俺は料理名をなんとか覚えてテーブルの間を走り回る。
そんな一日をいくらか過ごすうちに、食堂の人達ともいくらか仲良くなった。
閉店後、この店の大将が明日の仕込みの合間に作ってくれたまかないを食べていた。
「そういえばお前は、料理も出来るんだっけか?」
「簡単なものならなんとか」
大将が野菜を切りながら聞いてくる。大将は牛系の人間だ。頭に立派な角が生えている。
「明日、ちょっと早めに来れるか? 準備をちょっとやってもらえると助かるんだが」
「大丈夫ですよ」
「なら頼むわ」
よし、これで俺の計画が一歩進む。
俺は元の世界に戻るのもまだ諦めたわけじゃないが、もう一つ試したい事があった。
この世界で大成功する事だ。
異世界転生モノでよくある、地球の知識で瞬く間に成功をおさめるやつ。アレだ。
この世界の料理は、そもそも肉も野菜も地球の物とは違う物ってのもあるが、薄味の物が多い。調味料の種類や量が少ないのだ。
そこで、俺の作れる調味料を普及させて、一攫千金。
いわゆるマヨネーズ革命を起こすのだ!
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