パターン5 邪魔されない.2
「……伯爵家の馬車が……」
「いったい……恐ろしい化物でも……」
俺が街の酒場で食事していると、そんな会話がちょいちょい聞こえてきた。
どうやらどこかの貴族の馬車の到着が予定より遅れていた事から調査に行くと、何者かに襲われていたそうだ。
まああの事だろうなと思ったけど、特にそれを話したりはしなかった。
俺は食事をすませると、とりあえず街をブラブラしてみた。
しばらくこの街にいるにしろ、他の街まで移動するにしろ、寝泊まりする場所と何かしらの稼ぐ手段は必要だろう。女神が用意してくれた装備の中にいくらかの金もあるが、無限じゃない。
冒険者みたいな職業があるなら、仕事の斡旋をしてくれる所があるはずだ。まずはそれを探してみるか。
適当に人の多そうな所を歩いてまわる。なるべくモノにぶつからないように気をつけながら。ぶつかるのが人や動くものならまだいい。相手がよろめいたりコケたりはしても、いきなり壊れたりはしないから。これがもし家の壁や柱だったら、壁に人型の穴が開くし、下手したら家が潰れてしまうかもしれない。
商店街を抜けた辺りで、路地の奥からなにやら言い争うような声が聞こえた。なんとなく気になって路地に入って行った。
男二人に、女が一人言いあっていた。みんなまだ若い。
「話が違うじゃないか!」
「あ? お前がどんだけやったんだよ。ただの見張りが」
「でも最初は……!」
「ならこれで満足か?」
男の一人が小銭を地面にばら撒いた。
それを見て女が怒りを爆発させる。
「ふざけんじゃないよ! アタシがいなけりゃ……」
もう一人の男が女の後ろ髪を掴んで引っ張る。
「おい、勘違いしてんじゃねぇぞ。テメェは……」
そろそろかな。あんまりひどくなる前に俺は無造作に男を蹴飛ばした。
「お前なんっ!」
男は俺の蹴りを全く耐えることなく路地裏に転がった。わざと蹴りのスピードを遅く、押しのけるようにしたから、ダメージそのものはほとんど無いはずだ。
次の瞬間、もう一人の男が俺の顔を殴った。革手袋に包まれた拳は、その辺のモブなら一撃て沈めるだけの威力があった。でもあいにくその威力はそのままそいつの拳を破壊した。
俺はそいつの服をやんわり掴むと、転がっている男に向かって投げ飛ばした。
「お前ら、女の子をそんなふうに扱って、情けない奴らだなあ」
俺の力に恐れをなしたか、それとも意外とダメージが大きかったか、二人の男はなにかモゴモゴ言いながらも去っていった。
突然の事に戸惑う女に声をかける。
「大丈夫だった?」
「あ、ああ。助かった」
俺の顔を見て怪訝そうな表情。もしかしたら知り合いかと思ったけど、やっぱり知らない顔。そう思ったんだろう。
「あっ、アタシの分け前!」
女は地面に散らばった小銭を集める。
「はあ、どうせならアイツラから取り上げてくれれば良かったのに」
女が小声で呟く。助けてもらっておいてその言い方はないだろとは思ったけど、俺もこの女の手を借りれたらと思っていたところもある。
「ああ、そう出来たら良かったんだけど、手加減が難しくてね」
俺は財布を取り出して続ける。
「それで、君にちょっと頼みたい事があるんだ。それを聞いてくれたらお礼を出すことも出来るんだけど、どうかな?」
「はぁ?」
女は胡散臭そうに俺を見上げる。ついさっき裏切られたばかりだ。警戒されるのも仕方ないか。
「別に難しい事じゃないよ」
俺はなるべく優しく見える表情を作って言った。
「この街を案内してほしいんだ」
女に案内してもらいながら街を見て回った。
一番の目的の冒険者の店や、宿や買い物に便利な店など。
運良く、この世界にはいわゆる冒険者という職業があった。
この世界の人達は天恵スキルを持っている。それは内容によって様々だけど、結果的に個人の戦闘能力に大きな差が出る。
剣技や魔法に恵まれた人には、そうでない人では全く歯が立たない事がほとんどだ。そうなると、天恵に恵まれた人が悪い考えを持った場合、手に負えなくなる。それをどうにかしようと立ち上げられたのが冒険者ギルドだ。
逆にその悪い人達が集まった、盗賊ギルドというものもある。
ただ、その二つはお互いに牽制しあっていて、常に真っ向から戦闘しているわけじゃないらしい。
なんとなく、警察とヤクザの関係に近いだろうか。
ちなみにこの女はまだ正式にどちらのギルドにも所属していないらしい。堅苦しい冒険者ギルドよりも、自由な盗賊ギルドに惹かれてはいたみたいだけど。
まあそんな感じで、とりあえず両方のギルドを案内してもらった。表向きは、どちらのギルドも訪れる人に制限はない。今日はとりあえず見学だけして、具体的な方針はまた後で考える事にする。
「いいのかい? こんな高い店で奢ってもらって。アタシはホントに払えないよ?」
「大丈夫だよ。君がいてくれて助かったんだ。これくらいのお礼はさせてくれ」
一日の終わり、俺は案内料とは別に彼女に食事を奢ることにした。それで少しいい店を案内してもらてたんだ。
「なんでも頼んでいいよ。あ、できたら俺の分も頼んでくれないかな。どれが美味しいのかあんまり知らないんだ」
「そうかい? それなら……」
彼女は少し緊張がやわらいだ様子で、店員にいくつかの料理を注文した。
他愛ない話をしながら、やってきた料理を食べていく。味付けはシンプルなものが多いけど、思ったより美味い。
女とはこれからの事を話し、明日も一緒に行動してくれる事になった。その流れでこの近くの宿でなぜか二人部屋を借りる事になった。どうやら昼間喧嘩していた男達との関係で、自分の部屋に戻りづらいらしい。会ったばかりの他人と一緒の部屋で寝るなんて不用心なのは確かだけど、俺自身は絶対殺されない自信があったし、明日別の場所で待ち合わせるのも面倒だからまあいいかなって。
若い女と一緒の部屋か。逆になにか期待するような事が起こるかもとか期待が無いわけでもなかったけど、今日はいろんな事がありすぎた。俺はベッドに倒れ込むと、一瞬で意識を失った。
目が覚めたのは、違和感があったからだ。
一つは明るさ。だいぶん明るい。これは、朝になって日が当たっているのだろう。
もう一つは、臭いだ。生臭い、異臭だ。いったいなんだ?
目を開けて最初に入ってきたのは赤色。そしてグチャグチャした異物。
「なんだこれ……。血か?」
布団も俺の服もその赤、血にまみれている。
いったいどこから血が? 少なくとも俺はどこも痛くもなんともないが。
「おい、どうなってんだ?」
俺は隣のベッドで寝ているはずの女に声をかけたつもりだった。しかし、そこは多少布団が乱れているだけで誰もいなかった。
とりあえずベッドから下りようと床を見たら、それがあった。
何度も叩かれ、潰されたような、人間の死体。
損傷がはげしくて見た目で誰かすぐ分からなかったが、状況からして多分そうだろう。
昨日出会った女だ。
服装は変わっていたけど、体型、髪の色が一致している。
「どうしてこんな……?」
いきなりの状況に俺の頭は混乱していた。
その時扉がノックされ、俺の体が硬直する。
「お客様、そろそろ朝食の時間となりますが、いかがでしょうか」
宿の人か。
「あ、ああ。準備が出来たら行く」
「承知いたしました」
返事の後、足音が遠ざかる。
俺は即座に決心した。
逃げよう。
このままだと俺が殺人犯にされかねないし(実際そうなんだろうけど)、そうなると面倒くさい事にしかならない。
俺はそんな事になるために転生したわけじゃないんだ。
俺は汚れた服を着替え、タオルで顔や腕を拭う。風呂やシャワーなんて洒落たものがこんな世界の個室にあるわけもなく、出来るだけキレイにしただけで荷物をまとめる。
扉からは出られないから、窓から脱出しよう。
そう思って窓に手をかけ開けようとしたら、俺の手が窓ガラスを貫いた。
質の悪いガラスが盛大な音を立てて割れた。
それに驚き焦った俺は、人が集まって来る前に出ようと前のめりになる。
結局、俺はそこに何もないかのような気安さで壁をぶち破ってしまった。
綿よりも柔らかい手応えの割に、壁材が弾け飛ぶ大きな音が響く。
俺はもう何も考えられず、走り出していた。とにかくここから離れないと。それしかなかった。
人通りの多い道は避け、なるべく路地裏を通る。もつれそうになる足を必死で動かし、物を蹴り飛ばしながらとにかく進む。
夜、いったい何があったのか、なんとなく想像はついた。
あの女、俺を仲間に引き込むつもりでもあったのか、それともただのいたずら心か、俺のベッドに入ってきたのだろう。
でも俺の体は鉄の塊のように動かない。だから、腕枕のつもりで腕の上に頭でも乗せていたのだろう。
それに気付かず、俺は寝返りをうって腕を曲げた。
悲鳴をあげる間もなく、一瞬で女の頭は潰れたはずだ。
その後も俺の寝相で女の体は潰され続け、そのうちにベッドから転がり落ちた。
「クソッタレめ……」
ただの予想だけどあり得る話だ。あの女のせいで俺は今逃げ回るハメになっている。
「俺はなんも悪くないからな!」
愚痴りながらも考える。このあといったいどこに行けばいいのか。俺の取れる選択肢は多
くない。
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