パターン5 邪魔されない.1

 俺は新しい世界に転移することになった。

 その際に、転生の女神に「希望の能力はありますか?」と聞かれたから、「なにものも俺の邪魔を出来ない能力」と言ってみた。俺はとにかく、邪魔してくる奴らが大嫌いなんだ。

 そしたら女神のやつ、「移動と装備、あと重力に関しては例外にしないと大変なので」とか言ってゆずらなかったから、それだけは例外にした。


「おー、いい眺めじゃねーか」


 俺が降り立ったのは、あまり高くない山の上。見渡せば麓から先は草原と丘。


「あっちに見えるのは街か? 道に沿って居きゃあ着きそうだな」


 とりあえず街道に沿って歩き始める。

 自分の姿を確認すると、丈夫そうな生地の衣服に旅の道具。腰にはあまり長くない剣をいていた。


「いわゆる中世ヨーロッパ風異世界ってとこか? 全部手作りっぽいし」


 いくらか歩くと、街道から少しそれた所から水の流れる音がした。川でもあるのだろう。この世界の魚はどんな形をしてるだろうかと思って、見に行くことにした。

 特に問題なく川辺までたどり着き、川面を覗いてみた。地球の魚と同じ形をした生き物が泳いでいるのが見えた。まあ、そのまま魚と呼んで問題ないだろう。


 問題はその後に起こった。

 他になにかいないだろうかと思って、もっと覗き込もうとした。体を安定させるために近くの木に手をつこうと思ったら。


「おわっ!」


 めぎぎぎっ、と音がして、俺の手が木の幹の向こうに突き抜けた。


 俺はバランスを崩してその木によりかかろうとし、出来なかった。

 木は俺を全く支えず、俺が触った分だけ移動し、根本から折れて轟音とともに倒れてしまった。俺はコケそうになったけど、なんとか持ち直した。


「なんだこりゃ? 綿ででもできてんのか? なんの抵抗も無かったぞ」


 綿でできてるにしてはずいぶん重々しく倒れた。試しに倒れた木を触ってみた。

 横から押せばいくらでも動くし、上から押さえたら綿よりも柔らかく潰れていく。試しに掴んでみたら、手の形のままにえぐり取れた。


「他の木はどうだ?」


 手近にあった他の木も全部同じだった。


「変な木だな」


 俺は道に戻った。途中で一部急な段差があって、地面に手をついた時に、さらにおかしな事が起こった。

 なんの気なしに石を拾い上げようとしたのだが。


「めっちゃ砕ける……」


 俺が持った石が、ことごとく砕け散るのだ。指でちょっと挟もうとしただけで砕ける。持とうとするなら、下からすくい上げて手に乗せるしかない。


「なんなんだ? この世界は何でもかんでもこんなに柔らかいのか?」


 そんな事を考えていると、足元になにか動くものがあった。

 見ると、蛇が俺の足に噛み付いていた。


「うわっ、蛇だ! ……けど全然痛くねぇ」


 俺は噛まれているのとは逆の足でその蛇を踏んだ。ちょっと捕まえてみるくらいのつもりだったが、蛇の体はあっけなく潰れて切れた。


「おいおい、俺のやることになんの抵抗も出来ない……ん?」


 俺が女神に願った能力。


『なにものも俺の邪魔は出来ない』


「そういうことなのか?」


 俺はもう一度近くの木の前に立ち、試しにそれに向かって手を伸ばしてみた。

 俺がただ手を伸ばす。ただそれだけの事でも邪魔をされず、俺の手は木の幹を貫通した。木にとっては、とんでもなく強い力で押されてるようなものなのだろう。ギシギシと軋みながら揺れていた。


「マジかよこれ……」


 そのまま腕を横に薙ぐ。なんの抵抗もなく木の幹が弾け飛んだ。勢いで木が俺の方へ倒れてきた。いきなりで反応できなかったが、俺の肩口へ当たってそのまま横へ転がり落ちた。

 俺にはなんの影響も無かった。感触こそなんとなくあるものの、痛みどころか圧力も感じなかった。

 俺は、俺の行動を邪魔されるだけでなく、他人から物理的な影響を受けることもないみたいだった。


「はは、最強じゃねーか」


 俺はこの能力をもっと使いたくてしょうがなかった。なんとなく目についた木や岩を触ってみる。木は倒れ、岩は砕けた。俺の手にはなんの抵抗もない。ほぼ空気だ。なにものにも邪魔されない。最高の能力だ。

 その時、少し離れたところから声が聞こえた。


「キャーーーー! 誰か助けてください!」


 俺は声のする方へ急いだ。

 街道を行くと、壊れた馬車と三人のならず者に追いかけられている少女がいた。

 馬車の近くには護衛らしき人影が何人か倒れている。意外とこのならず者達、強いのかもしれない。


「そこのお方! 助けてください!」


 少女が俺に気付き、走り寄って来た。ならず者達が声をあげる。


「なんだテメェは。関係ねーなら悪いことは言わねぇ。そこのお嬢ちゃんをこっちに渡しなそれで見逃してやるよ」


 俺は俺の背後で震える少女を見て、ならず者達に向き直る。


「嫌だと言ったら?」

「死ぬだけだ!」


 三人が同時に切りかかってきた。一人は真正面から上段、一人は左から足を狙って横薙ぎ、最後の一人は右から胴を薙いでくる。見事な連携で、一つでもくらえば死は目前だろう。

 俺でなければな。


「な、なんなんだテメェ……」


 頭、胴、足。全てを受けて、そのどれも俺に傷一つ負わせることは出来なかった。ならず者達は、石壁でも叩いたような気分だろう。

 俺は目の前のならず者その1の剣を掴んで引き寄せようとした、けど手の中で刃が砕けてしまった。しょうがないからバランスを崩したそいつの顔面を殴ってぶっとばし、続けて右のヤツを蹴りとばす。最後の一人は足払いでこかし、片腕を踏む。俺の足は難なく地面まで下り、途中にあったそいつの腕はあっさり潰れた。この世界のものは脆すぎるな。


「うぎゃあああああ!」


 うるさく悲鳴をあげるそいつを、よろよろと戻ってきた仲間が助け起こして逃げて行った。俺を見る、悔しさと恐怖の混ざった表情がたまらない。


「あ、あの、ありがとうございます!」


 俺の後ろにいた少女が目を輝かせて俺を見ていた。


「強いんですね。すごいです」

「どって事ねぇよ」


 少女が俺にすり寄ってきた。


「助けてもらったお礼に、家へ来ていただけませんか? 馬車は壊れてしまい、歩く事にはなりますが、街ももうすぐそこなので」


 まくしたてるように喋る少女。俺も特に行くあてがあるわけでもなく、都合がいいといえばいい。


「ああ、わかったよ。お邪魔させてもらう」

「やったぁ!」


 喜びに声をあげた彼女が、俺の胸に飛び込んでくる。いや、そこまでのものを期待してたわけじゃなかったんだけど、この感じは、家に行くってそういうコトだったりするのか?

 彼女は目を閉じて軽く唇を突き出しながら顔を近づけてくる。この世界でのキスの価値がわからないけど、挨拶程度の意味なんだとしてもまあラッキー。

 俺も目を閉じて彼女を抱きしめた。


 けど、なんだか感じがおかしい。そういえばこの世界に来てから感覚がよくわからなくなってたんだった。

 俺が目を開けると目の前には、飛び出しそうなほど目を見開いて、口から血の泡を吹く顔があった。


「うわあっ!」


 俺はとっさに腕の中のものを放り出した。

 それは少女の成れの果て。体が奇妙に捻じ曲げられてすでに瀕死の状態だった。


「え、ま、まさか……?」


 俺……なのか? 俺が強く抱きしめすぎたのか?

 いや、抱きしめるもなにも、なんの感覚も無くて……。

 ……そうか、木や石と同じ。少女は俺の体に挟まれて潰れちまったのか。

 それがわかったところで今更どうにもならないが、次からは気をつけよう。そう思った。


 そう思っただけだった。


別に思い入れがあったわけでもなく、たまたま最初に出会っただけの人だ。俺がいなくても、どうせあのならず者達にひどい目にあわされて殺されていたんだろうし。


 殺した時の手応えの無さもあって、実感も何も無かった。

 俺は街を目指して歩き始めた。

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