パターン4 最強の生物.2

 ふと目が覚めた。

 今はいつだろうか、日は出ているようだが。

 眠っていた洞窟を見回す。ここは鍾乳洞の中に開けた空間。眠る前に覚えておいた鍾乳石の長さから、だいたいどれくらい時間が経過したのか確認した。

 十センチくらいは伸びているだろうか。細かく検証したわけじゃないから正確なところはわからないが、千年くらい経っていてもおかしくなさそうだ。


 俺は身を起こし、翼を広げ、自分の体に不調が無いことを確認すると、世界を見て回ることにした。

 生物の進化にとって千年なんて大した時間じゃないと思っていたのだけど、期待以上の発見があった。

 地上にも道具を使う社会的な交流をする生き物が出現していたのだ。

 それは犬のような顔で、前足は手のように、中足は触手に近い形に進化した生き物だった。

 まだ文明というほどのものではないが、原始時代のような文明の芽を感じる。俺はこの生き物に期待し、アダブと名付けた。


 そしてさらに嬉しい事があった。

 改めて海中を探索していると、あの貝のようなタコのようなクトルの生き残りが、大きく棲息範囲を広げていたのだ。

 しかも、道具を組み合わせて複雑に動く装置を作るまでに文明が進んでいた。バネやゴムのようなものを利用して、動力源としているのだ。今後に大きく期待が持てた。

 俺はアダブやクトルの進化や文明の発展が待ち遠しくて、もう一度冬眠をしようとした。が、エネルギーが全然足りなかった。

 再び眠りにつくためのエネルギーを溜めるには、百年はかかるようだった。


 百年毎に、千年先に(寝る事で)移動できる。単純計算だとそうなる。

 俺の寿命が一万年として、だいたい十万年先まで生きていられる計算だ。

 十万年……。どうだろうか。文明が発達するまで十分な時間だろうか。地球では、いわゆる原始時代ってどれくらい続いたんだったか。西暦が始まってからは二千年も経てば宇宙まで進出するほどだったんだけど。できればそれに近い文明を持つところまで見てみたいものだけど。


 俺は、千年冬眠を何度も行った。

 その度に百年間エネルギーを溜めながら世界の様子を見て回る。


 数千年経った頃には一つの大陸のほとんどにアダブの勢力が広がっていた。航海術が進めば他の大陸に渡り、さらに範囲を広げるだろう。


 逆にクトルの棲息範囲はそれほど広がらなかった。そのかわり、クトルのいる地域のヒエラルキーのトップに立ち、他の生き物を完全に支配していた。大きな肉食魚も毒を持つ軟体生物も、指先から電撃を放ち道具を駆使するうえ、連携をとるクトル達の敵ではなかった。


 ただ、どちらもそこから先の文明の進展はなかなか進まなかった。アダブは絵や文字を発明した集団が世界に点在し始めていたが、木簡や紙のような持ち運べる素材が無く、壁画が主な記録媒体だった。

 クトルの方は、海中生活のためまず火が使えず、絵や文字もまだ無かった。そのため文化を後世に残す手段が少なく、知識の積み重ねが難しかった。

 それでも約五万年経った頃、一つの転機が訪れた。

 二つの知的な生き物が、お互いを認識していたのだ。

 これまで、海の底と地上の交流は無かった。それがいつの頃からかお互いを意識し始めていた。

 俺はワクワクしていた。これからこの生き物達がどんな交流をするのか。友好的にか、それとも敵対するのか。


 しかし、俺の期待とはうらはらに、それから一万年経っても関係はほとんど進展しなかった。生活圏が違いすぎて、敵対する必要も無かったし、逆に交流する意味も無かったようだ。

 俺は少し焦り始めた。地球の人間と比べると、クトルもアダブも文明の進化スピードが遅い。せめて石油のようなエネルギー資源を発見してくれれば一気に進むのかもしれないが、今のところその様子もなかった。


 かといって、俺が介入するのは無理だった。なぜなら、石油を掘り出す方法も、それを精製する方法も知らなかったからだ。そもそも石油が存在するのかどうかもわからないし。前世でもっと勉強しとくんだったと何度も後悔した。


 さらに数万年の時間が流れた。自分が起きている間の百年は、正直暇ではあった。百年程度では進化や発展がほとんど起こらず、ただただ時間を過ごす事が多い。暇すぎるので、時々クトルやアダブの前に姿を見せることもある。別にこっちから攻撃をするわけでもないが、少し威嚇して火を吹いて見せたりすると、逃げ惑ったり立ち向かってきたり、反応がいろいろ楽しい。

 ただ、クトルは武力が関係の上下を決めるので、勇敢に立ち向かうものと、逆に神のように崇め奉るものとで分かれ、対立しはじめた事があった。俺自身がクトルの内部関係をどうにかしたいわけじゃなかったから、その時は千年眠るまで姿を見せないようにしたりはしていた。


 さらに時は過ぎた。

 自分の中に老いを感じてからもかなりの時間を過ごした。次に千年眠ったら、その後は体力の限界をむかえ、寿命までの数百年を起きて過ごす事になるだろう。


 そして冬眠から覚めたとき、革新的な事が起こっていた。

 アダブが蒸気機関を発明し、産業革命を起こしていたのだ。人力(アダブ力?)を遥かに越える効率で作業が進み、交通手段が増え、生活をどんどん豊かにしていった。娯楽が増え、貧富の差が進み、国による対立が起こったりする。

 強く大きな国が民へ圧政をしき、その反発でクーデターが起きたり、そのスキに他国から攻め込まれて崩壊したりした。新たな王が立ち、しかしすぐに民と共に逃げることになったり、民主主義が始まったりした。

 そしてまた、クトルの方でも技術革新が進んでいた。生体電撃を持つ彼らは、金属を磁力によって操作したり、モーターによる回転エネルギーを利用したりしていた。基本的に陸上では体を支えることすら出来ない彼らだが、宇宙服のように全身を覆うスーツに見を包めば、しばらくの間地上でも活動することが出来るようになっていた。そうやって、クトルは植物や動物を狩っていた。


 そしてついに、二つの種族がお互いに影響を与え始めていた。お互いの文化を受け入れられない彼らは、基本的に対立していた。地上の支配者と海の支配者の間で戦争が起こり始め、それによって兵器の開発が進んでいった。

 戦闘能力でいえばクトルほ方が圧倒的に強かった。だが、スーツがやられれば生き残るのは難しい。逆にアダブは海中でクトルには全く歯が立たなかった。どちらかが一方的に攻め入る事にはならず、一進一退が続いた。


 俺はやっと楽しくなってきた。

 この十万年弱の間、そのほとんどを野生動物の観察で過ごしていたのだ。これほどドラマチックでエキサイト出来る環境は久しぶりだった。


 だが、もうここまでのようだ。俺の寿命が尽きた。

 ここからなのに。これから面白くなって来るはずなのに、俺の最強のドラゴンの体を使って物語を作ることが出来るのは、ここからが一番盛り上がるはずだったのに。


 ああ、もっと見ていたかった……。


 ……。



パターン4 終

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