パターン4 最強の生物.1

 世界最強の生物。

 それも食物連鎖のトップとかではなく、圧倒的な歴然とした間違い一つも起こりようの無い完全たる最強。俺はそれになりたかった。

 人間じゃなくてもいい。エルフでもドワーフでも、鬼人でも魔人でも、なんなら魔獣でもよかった。

 そしてその願いが叶えられた結果……。


◇◆◇◆◇


 俺ははるか高い上空から地上を見下ろしていた。

 大自然。

 目下にはサバンナのような広大な草原。右手の地平線近くには森林に覆われた山々が連なり、左手はるか遠くには海の水平線が見える。


 そこには様々な野生の生物が生きていた。

 草食動物、肉食動物、小さいものから大きいもの。ウサギに似たもの、カバに似たもの、サルに似たもの。山にも海にも、命があふれかえっていた。


 俺はその中の一頭、背中から腕の生えた馬に似たものに狙いを定める。

 上空から一気に急降下。目標のかなり手前で地面にぶつかる前に翼を広げ、スレスレで水平飛行。降下の勢いを落とさないまま獲物に接近し、横から両足の鉤爪で鷲掴み。そのまま一気に高度を上げ、連れ去る。


 馬は捕獲時の衝撃で気絶している。起きて暴れられても困るので、背骨と首の骨を折っておく。飛びながらでも出来る簡単なことだ。

 俺はそのまま少し飛び、山岳地帯のに帰る。


 崖の中腹、飛ばないと入れない洞窟に降り立つ。馬を潰さないように。

 俺は馬を手に持ち替え、食卓へ向かう。食卓といっても、食事をするときによく使うスペースってだけで、ただの大きなくぼみだ。


 座ったら今日の収穫の馬を見る。多くの食事を必要としない体だが、やはり食べるときには楽しくなる。今日はどこからにしようか。やっぱり足かな。

 胸の辺りに少し力を入れ、湧き上がってきたものを加減しながら口から吹く。


 炎が放出され、馬が焼ける。


 焼けたところから齧りつく。焼いては食べ、生すぎれば焼くを繰り返す。太く硬い骨だけはさすがに残すが、それ以外はだいたい食べれる。

 残った骨は隅にためておき、なにかのタイミングで適当に捨てる。


 俺は寝室に移動し、寝床に横たわる。

 背中に大きな翼があるために、寝るときは常に伏せるような格好になる。

 俺は自分の体を確認する。


 クジラよりも大きな巨体。全身は硬い鱗で覆われ、巨体に見合った太い腕や足。背中には皮膜の翼がある。少し長い首に対してバランスを取るかのような頑丈でしなやかな尻尾。そして見事な造型の曲線美をみせる顔に、頭には幾本もの角が生えていた。


 俺は、ドラゴンとして生まれ変わった。


 この世界にはドラゴンは俺一人しかいない。唯一にして最強の生物。

 俺の願いは叶っていた。


 圧倒的な、世界最強の生物。俺はそれになれたのだ。

 ただ、問題が一つあった。


 この世界には、まだ文明が無かった。

 まるで恐竜時代だ。


 火を扱うどころか、道具を使う生き物すらいない。

 俺は別に人間の世界を支配したり、逆に悪政を行う連中に鉄槌を下すつもりも無かったけど、だからってただ強くてそこにいるだけなのは、もったいないというかつまらない。


 野生の中で生きるには、俺の精神は文化的過ぎた。


 しばらくはのんびりと暮らしていたが、すぐに飽きた。しかもこのドラゴンの肉体、どうやら一万年位は生きられそうなのだ。あまりに長過ぎる。

 だったらいっそ、文明を育ててみるか。

 そう思いたって、俺は世界に飛び立った。


◇◆◇◆◇


 まずは文明を発展させそうな動物を選ぶ。

 とりあえず前足で物を掴める動物がいいだろう。

 俺はサルに似た、腕が四本ある動物に目をつけた。


 地球の動物は基本的に、頭と尻尾の他に前足と後ろ足が二本ずつ、計四本しかないが、この世界は違う。足が全部で六本ある。

 六本足で地上を走るのを基本として、先程の馬のように中足が身を守る武器に進化したものや、後ろ足以外が翼になって鳥のように飛ぶものもいる。ドラゴンのように中足だけが翼の動物もいるが、四本足で走りながら逃げる時だけジャンプして滑空する、地上のトビウオみたいな奴だった。

 文明を持てそうな生き物のうち、俺が目をつけた四本腕のサルの他に、ケンタウロスタイプの四本足に二本腕の奴がいた。ただし、下半身は馬ではなく犬くらいの大きさだったが。


 俺がこのケンタウロスタイプじゃなく、サルを選んだ理由はただ一つ。そっちの方が弱そうだったからだ。

 弱い生き物であれば、道具を、特に火を使う理由ができる。

 俺は、その動物にまずは道具を使うことを教えようと思った。

 だが、奴らは警戒心が強く、俺が近づくだけで逃げ出してしまう。まあ、ドラゴンたる巨体の俺が近づけば大抵の生き物は逃げるんだけどな。

 逆に、俺は他の動物に襲われているサルを助けてみた。襲ってきた動物には悪いが、死ぬはずだったサルを連れて帰るなら、単に誘拐してくるよりもいいかと思って。詭弁だろうけど。


 そのサルに道具の使い方を教えてみた。といっても、まずは木の枝を持つところから。それを振り回したり、物を殴ってみたり。それを真似して使うようになるまで根気よく続ける。枝を握って振り回すのは比較的すぐに出来るようになったけど、それを道具として利用するようになるまで、かなり時間がかかった。

 それができるようになったら次は火おこしだ。木の枝を他の枝や板に擦りつけて火をおこす。何度もそれをやって見せ、同じようにやらせてみる。


 結果からいえば、無理だった。火は当然怖がるから、それを利用して肉を焼いたり武器にしたり、そんな使い方はどうしても無理だった。むしろ、火を生む枝すら怖がる場合もあるくらいだ。

 しょうがないから、火は諦めてとにかく道具を利用する事を教えていった。これは時間さえかければそれなりに使うようにはなってきた。あとはこの文化を受け継いで、さらに自分たちで発展させられるかどうか。それはコイツらの資質にかかってくるだろう。

 道具の使い方を教えたサルを群れに戻し、そいつを仲介させる事でサルの群れに近づいていった。俺を恐れないサルがいることで、他のサルも警戒心をといて寄ってくるようになった。


 俺は改めてサルの群れに道具を使う事を教えた。サル同士がお互いを参考にして、意外と早く覚えていった。群れの大半が出来るようになったら、俺はその群れから離れることにした。

 それを、ある程度離れた他の群れに対しても行う。数が多いにこした事はない。五つほどの群れに教えたら、後は見守ることにした。これだけでも十年以上の時間がかかった。


 次はどうしようか。他に文明を持ちそうな生き物は……。

 それから数年かけてもう一度世界を見て回ったが、あいにく候補が見つからなかった。


 そんな時ふと思い出した。

 地球では確か、人間がいなかったらイカだかタコだかが文明を持つらしいと誰かが言っていたことを。

 そうか、海の中を見てなかったな。この世界も、表面積でいえば陸より海の方が広い。海の中に頭の良い生き物がいてもおかしくはないだろう。

 そう思って、今度は海中の探索を始めた。このドラゴンの体は、水中を飛ぶように泳ぐことができる。


 海も、陸と同じかそれ以上の生き物が暮らしていた。

 収斂進化というやつだろうか、水中をすばやく泳ぐ生き物は、魚やクジラのような流線型の姿をしたものが多い。それ以外では多種多様。針を持つもの、触手を持つもの、硬い殻を持つもの。大きなもの小さなもの。姿形は陸以上に千差万別だった。


 そんな海の中を、これも何年もかけて探索していった。

 そして見つけた。

 温かな海、透明度の高い海水にあって日の光がギリギリ届くかどうかという深い海底。それは貝のようでもあり、タコのようでもあった。殻から伸ばした触手を器用に操り、石などを加工した道具を使って狩りをしたり、海藻を育てていたりしていた。


 なにより、この世界では初めての、社会性を持った生き物だった。


 ただ群れているのではない。先の光る触手を複雑に明滅させて、他者とコミニュケーションをとっていたのだ。

 そして、それら百匹程度のコロニーが周辺にいくつも点在し、交流している。


 それに気づいた時、感動して勢い海上へ飛び出し、全力のファイアブレスを吐きながら世界を一周してしまった。文明の片鱗がこんなに嬉しいとは。俺はその生き物に、クトルと名付けた。


 それから、クトル達を観察する日々が始まった。

 海底に穴を掘って住処とし、外敵から守っている。雑食で魚や海藻を食べ、食料は狩りだけでなく、エビのような生き物を囲って育てているものもいた。なんとなくだが、縄文時代とか弥生時代の生活に近いのではないかと思った。

 ただ、あまり近付くと警戒され、頻繁に俺の姿を見せてしまうとコロニー単位で引っ越してしまう。

 せっかくならもっと効率の良い農業や畜産のやり方を教えられればよかったのだけど、この段階で俺に教えられそうなことも無かったので、見守るしかなかった。


 そんな事をして数年が経った時、それは起こった。

 海底火山の爆発。

 別に噴火が直撃したわけではなかった。ただ、有害な成分や細かい火山灰を含んだ海流の流れ道に、そのコロニー群はあった。

 俺にはどうしようもなかった。さすがに海の流れを変えるほどの力は無い。


 クトルは全滅した。

 異常を察知して逃げたものもいたが、逃げ切れはしなかった。

 俺は落胆し、元の住処に帰った。

 しばらくはただ寝て起きて食べて寝る、それだけを繰り返した。

 そんな時、自分の体の変化、いや、能力の発現か? それに気付いた。

 それはいわば冬眠のような能力。体内にエネルギーをためれば、約千年の眠りにつくことが出来る。


 俺は、ただただ生きるために生きる生活。野生動物と変わらない現状に飽きを感じ、一眠りしてみる事にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る