パターン3 ゲーム.1
「みんな、大丈夫か?」
俺は傷薬を使いながら仲間の状態を確認した。
「ああ、まだなんとか生きてる。これも全部○○のおかげだよ」
屈強な筋肉の男戦士が、疲れ切った女魔法使いを支えながら言った。
その隣では瀕死の女格闘家に『治癒の祈り』をかける僧侶と、自分自身の応急手当をする女密偵の姿があった。
「○○の適切な指示に何度助けられたか分からない。本当に、○○がいなかったらこんな所まで来られなかった」
「いや、みんなの実力があってこそだよ。俺一人じゃあこんなモンスター、相手にできないからな」
俺はすぐ近くに横たわる、家より大きな狼を見上げて言う。今回は三回で済んだ。良い方だろう。
「この辺りはもう安全なはずだ。時間がかかっても回復に専念しよう」
俺は予備の傷薬を分配する。死んでさえいなければ、アイテムや魔法で後遺症も残さず全快出来る。ここはそういう世界だ。
起き上がった格闘家が、自分の体の状態を確認していた。
「また生き残ったか。次の相手こそ、我が拳の伴侶かもしれんな」
「そんな事言わないの」
密偵が格闘家の手を握る。格闘家の言う『拳の伴侶』とは、自分を殺す相手の事らしい。格闘家は自分の限界を、その命をもって確かめたいのだそうだ。
「もう少しで、世界から争いが無くなるの。そうしたら、もっと静かに暮らせるんだよ。そんな生活だっていいじゃない」
「そうですよ。強さとは力の強弱だけではありません。何をもって強さとするかは、人々が生涯をかけて探すものです」
僧侶の、聞く者を安心させる柔らかな低い声が響く。この声に何度癒やされたか分からない。
念の為辺りを確認していた戦士が戻り、鋭い目つきで話す。
「まずは一度街まで戻り、次の戦いに備えよう。封印の鍵も残すところあと一つ。出切れば全員無事に乗り切りたいからな」
「もう、そうやってすぐ次の戦いに行こうとするんだから。少しくらい休まないと、気を張り続けてたら余裕が無くなって失敗するわよ」
「そ、そうか……?」
魔法使いの反論にあからさまにたじろぐ戦士。そこまで強く言ったわけでもなく、これがいつものやりとりだ。
「街まで帰るのは賛成だ。ただ、街の門をくぐるまでは気を抜かないようにしよう。つまらない事故で仲間を失いたくないからな」
俺の言葉に、みんな真剣さを戻して頷く。死ぬときはいつも一瞬だ。
ここは人の命が軽い。『デス&ソゥルズ』というゲームと全く同じ環境の世界だ。
◇◆◇◆◇
俺は転生の女神様に救われ、自分の望む世界に転生させてもらった。
それは俺が極限までやりこみ、攻略し尽くしたゲーム『デス&ソゥルズ』の世界。無限の異世界の中には、それとほとんど同じ世界があったのだ。
無限て素晴らしい。
『デス&ソゥルズ』は、いわゆる『死にゲー』と呼ばれる部類のゲームだ。凶悪な敵、攻略不可能と思われる強敵に何度も挑み、幾度も死にながらトライ&エラーを繰り返し、攻略を見つけ出すゲーム。
そういうゲームの最大の難関は、理不尽な攻撃力をもつドラゴンでも鋼鉄のように硬いゴーレムでもなく、『心が折れる事』だといわれる。逆にいえば心さえ折れなければ、いつかは攻略できる。それが通説だ。
俺はこのゲームを極限までやりこんだ。俺は小さい頃から体が弱く、入退院を繰り返す生活の中、時間だけは余るほどあったから。だからこそ、いきなり容態が急変して死んでしまった時、偶然女神様に拾われて転生先としてこの世界に入り込めると聞いて、最高にハイになった。
ただ、俺はチートスキルは貰わなかった。
この無慈悲な世界でも生き残っていける自信があったし、ヌルい『デス&ソゥルズ』なんてやりたくなかった。最悪事故って死んだとしても、それはそれで満足だと思っていたから。
最初は順調に進んでいた。自分のゲーム知識を完全に活かして攻略していった。ゲームの世界を実際に生きていく事。前世では体が弱く走る事もままならなかったが、こんなに激しく行動しても問題無く動く感覚が嬉しくてしょうがなかった。
だけどあの日、この世界に慣れてきたその時、油断が出た。
この理不尽なゲームにおいて、油断は直に死につながる。
なんでもない雑魚のトドメを刺しそこねて、背後からの奴の一撃で俺の首が折れた。
やっちまったと思った。流石にまだやり足りない。もったいない。
でもそれくらいだった。なんでもない事ですぐ死ぬ。この死の近さこそが『デス&ソゥルズ』そのもの。その意識があったから、未練は無かった。
でも、気がついたらベッドに寝ていた。『デス&ソゥルズ』の世界のだ。
確認すると、どうやら時間が戻っているようだった。
いわゆる『死に戻り』ってやつだ。
これは女神様のサービスだろうか。
しかもこれ、一回だけかと思ったら、何度でもいけるのだ。
なんにしろ、これで攻略に幅が持てるようになった。
この世界はかなり荒廃している。慢性的な食糧不足に、廃退した文明。そこに魔王軍が支配圏を広げようと進行してきているのだ。
それに対抗するのがプレイヤーの操るキャラクターと、一部の
俺はほとんどソロでプレイしていたけど『デス&ソゥルズ』はNPCや、ネットワークを繋げば他のプレイヤーとも共闘する事ができた。
今回、俺は共闘してみようと思った。病弱だった俺は友達が少なく、一緒に遊ぶ仲間なんていなかったから、ワイワイやるのが夢だった。ここにいるのはプログラムされたNPCじゃなく、ここに生きる人々なんだから。
でもそうすると、連携した攻撃で火力は上がるのだが、ボスクラスの攻撃を誰か一人でも食らえば死亡するリスクも上がってしまう。俺は当然、仲間を誰一人死なせないように攻略すると決めた。
万が一誰かが死んだら、俺も死ぬのだ。死に戻ってやり直すために。
死ぬのは苦しいが仲間が死ぬよりましだ。出来れば即死が望ましい。
当然、仲間は俺が死に戻っている事なんて知らない。だから俺は、夢のお告げとしてみんなに話す。次はどこに気を付け、どうやって攻略していくのかを。
そうやって一人の犠牲も出さぬまま物語も終盤。魔王との決戦までやってきた。
ここに来るまで累計百回は死に戻っているだろう。極限まで攻略していてもこうなるほどの難易度なのだ。そこに惹かれるプレイヤーは多いけど、人を選ぶとは思う。クソゲーと呼ばれても、まあそうかもねって感じだ。
「ついに来たな。後はヤツを倒すだけだ」
最後の大扉を睨みながら、戦士が筋肉を盛り上げて言う。
「魔王が拳の伴侶なら、申し分ない」
「拳じゃない伴侶をちゃんと見つけよ? 帰ったら私も手伝うからさ」
暗い目の格闘家に魔法使いが明るく話す。
その後ろでは密偵が僧侶にたずねていた。
「あなたは帰ったらどうするの?」
「我が御主のご加護こそが我らを救うのだと、迷える人々に根拠を持って広めることができます」
「あ……そうだね」
ここまで何度も死にかけて(実際には何度も死んで)魔王が生半可な相手ではないことはみな実感している。
誰が、もしくは自分が死んでもおかしくない。そんな状況で話せるのは、倒した後の過ごし方だけだ。
「さあ行こうか。これが最後の戦いだ」
俺が声をかけると、みな一様に真剣な表情になる。
俺が大扉を押し開けると、ゴゴゴと軋んだ音を立てて扉が開いていく。人一人分通れる隙間を開ければ、そこから一気に突入する。
魔王は大広間の奥、一段高くまるで舞台のような場所に鎮座している。
その姿はまるで
しかし、腕は四本、下半身は百足のように長く無数の足、尻尾は三叉になりその先端はドクロが笑っている。そして竜の頭部の額には、人間の女性の上半身が生えていた。
そこが本体であり、弱点だ。
「よくまあこんな所まで来たもんだね。外の奴らは全滅かい?」
人間と同じ言葉でたずねる魔王。こちらに答える義理はない。各々が強化効果のある術や技で準備を整える。
「人の家にズカズカ入り込んでおいて、話の一つくらい応えてくれてもいいじゃないか」
こちらに話し合いの余地は無いと判断すると、魔王も攻撃態勢をとる。
ずいぶん余裕な態度だが、確かにそれだけの力を持っているのだ。ナメてくれるくらいでないと、スキを突くこともままならない。
「大地母神の祝福よ!」
僧侶の全体強化を合図に、俺たち前衛は一気に飛び出す。
魔法使いの紫電魔術で牽制し、密偵が気配を消して煙幕や罠でサポート。前衛三人はそれぞれ敵のスキを突いて攻撃を当てていく。
これがゲームだった時、ボスを含めた全ての敵には行動パターンというものがあった。攻撃のパターンも、ザコなら一つか二つ、ボスでも十種類程度しかなかった。
魔法を使おうとすれば、使い終わるまでは一定の時間、その行動しかしなくなるし、必殺技を使えばその後に硬直があったりする。
でも、ここではそうはならない。
ゲームでは竜が口から火を吹けば三秒ほどかけて竜の前方に広がるが、この現実の竜は真後ろだろうと首をひねって追ってくるし、息が続く限り炎の噴出は持続する。
その分こちらも行動制限がないから、ゲームでは出来なかった細かい工夫も出来る。
でもその行動の自由度の高さが、仲間の死につながる。特に、ゲームではダメージを受けても死ななければ行動に制限は無いが、実際は怪我をすれば一気に行動範囲が狭まる。
密偵が尾に叩き潰されてやり直し、魔法使いが石弾に頭を吹っ飛ばされてやり直し、格闘家が真正面から敵のどでかい拳と相打ちして伴侶を見つけてはやり直し……。
すでに十回以上をやり直し、ようやく俺の刀は地に這いずる魔王の本体を背中から地面に刺し貫く事ができた。
「さすが……ここまで来るだけの事はある。まるで我の動きを先に読んでいたかのよう。貴様の力があれば……世界を一つにする事も
「
俺は片手で支える刀に炎属性を付与する。体内から焼かれる苦痛に耐えられず、魔王は恐ろしいうめき声をあげる。俺は刀をひねり、止めを刺した。
魔王は一度大きく痙攣すると、二度と動くことはなかった。
「終わったのか?」
満身創痍の戦士。片目が潰れ、手で押さえている脇腹からは、内臓がこぼれ出ている。
その後ろには、両目から血の涙を流す魔法使い。魔王の呪いの魔法を受けていたのだ。
密偵も格闘家も倒れたまま動かない。それでもまだ死んではいない。それが大事なのだ。
僧侶は唯一無傷だ。回復役がいなくなると継戦能力が著しく下がってしまう。とにかく彼を万全でいさせる事が勝利の鍵だった。
「ああ、これで全てが解決する。長かった旅も終わりだ」
俺は未だ魔王に突き立ったままの刀を引き抜こうとし、よろけてしまった。
「〇〇さん、今治癒の加護をかけますから」
そう言う僧侶を押しとどめ、俺は戦士を指さす。
「俺はいい、先にアイツらから」
「何を言ってるんですか。あなたが一番重症なんですよ」
あれ、そうだったか? 確かに左腕は失われ、多分内臓もいくつか潰れるか破裂している。骨折はもう何箇所あるのかわからないくらいで、全身が痛みで麻痺しかけている。
確かに、このまま放置されたら一時間もせず死ぬのは間違いないな。
僧侶の魔力が俺の全身に染み込む。痛みが急速に和らぎ、傷が修復されていく。失った左腕も、光が集まったかと思うと何事も無かったようにそこに戻っていた。それを見届けると、僧侶は他の仲間のもとへ向かっていった。
俺は魔王の背を踏みつけて刀を引き抜く。ねっとりと絡みつく魔王の体液を軽く振ってはらうと、刃を確認する。切っ先の辺りに刃こぼれがあった。魔王の心臓を突いたときに欠けたんだろう。上級魔力の込められた魔刀なんだが、さすが魔王というところか。刀は鞘にしまった。
長かった。でもこれで終わりだ。このあと城に戻り、王様に報告してお姫様と仲良くなったっぽいところでエンディングを迎える。
そう、これがゲームなら。
現実になったこの世界なら、俺にとってはここからが本番のようなもの。
この世界の新しい物語を続けていくのだ。
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