パターン2 平穏

○月✕日

 俺は生まれ変わった!

 線路に飛び出した子猫を助けて命を落とした俺は、神様のはからいで異世界に転移してもらえる事になったんだ!

 異世界生活を楽に生きるための特別な技能を貰ってね!

 さあこれから、俺の波乱万丈の冒険が始まるんだ!


○月✕日

 とりあえず手近な村や町を回ったところ、差し当たって問題らしい問題は起こってなかった。

 文明の度合いとしては、日本でいえば江戸時代くらいだろうか。農業や酪農がある程度発達していて、食糧は持続的に供給出来ているようだし、凶悪な野生動物が頻繁に出没するほどでもない。

 技術的には、なまじっか魔法に似た力を使って細かい工夫をしなくても問題が解決する事が多いせいで、高度な科学文明はまだまだ発展しそうにない。

 のんびりしていて平和なものだ。


 適当に情報収集しつつ、国の中心部とかの都市部を目指してみよう。人が集まるところなら、俺が活躍できるかもしれない。俺が貰った技能は『剣神』と『心眼』。近接戦闘に関しては無敵だ。早く強敵と戦いたいぜ。


○月✕日

 最悪だ。思っていたのと全然違う。

 大きな街に来ても何もない。やっぱり野生動物以上のモンスターはいないし、他国と戦争をしているわけでもない。突発的にダンジョンが発生したりもしないし、闇の勢力の影もない。


 そもそも、冒険者という職業が無い。


 便利屋のようななんでもこなす、お手伝い役はあっても、仕事内容は大体人手のいる農業や老人の手伝いだ。

 たまに、野犬や熊が出没したときに狩りに行くのが唯一の戦いの場面だ。全く手応えがない。これじゃなんのための技能なんだ。

 ダメ元で、人通りの多い広場で剣舞を披露してみた。人が集まって拍手は起こったけど、大道芸の扱いを出ない。この技能を欲しがる人がどこかにいるかと思ったんだけど、そんなにうまくはいかなかった。

 とりあえずこの国に居てももうどうしようもなさそうだ。次の国を、世界を回ってみるしかない。幸い、時間がないわけじゃない。探すしかない。


○月✕日

 大体世界の半分を回った。

 この世界は平和すぎる。

 個々人の能力がそれなりに高いせいか、自然の中でも脅威が少なく、よって欲望というものがとても小さい。身の回りが充足していれば、それ以上を求めないのだ。

 だから争いも起こらない。

 せいぜいが恋愛のもつれ。そんなのに介入しても邪魔者扱いされるだけだ。


 世界の残り半分の情報も仕入れてはいるが、大して代わり映えしないものばかりだ。いっそ地方ごとの美味しいもの巡り、特産品巡りでもした方が有意義かもしれない。

 でもそんな事のために異世界に来たかったわけじゃないんだ。

 もっとドキドキハラハラするような、そんな展開を待っているんだ。


○月✕日

 とびきりの美少女を集めて、ハーレムでも作ろうか。

 そう思った事もあったけど、俺にゾッコン惚れさせる手段が無かった。

 漫画やアニメのように出会っただけで、もしくはほんの些細なキッカケで美少女から惚れられるシチュエーションなんて、どこでも起きなかった。

 学校に通ってダントツの成績で無双する事も考えたけど、卒業して仕事につけばただの日常生活が過ぎていくだけなのだ。なんだかもったいない。

 俺のこの技能を活かして、世界中の、とまではいかなくても、せめて国中の人々から尊敬されるようななにかを成し遂げたい。宝の持ち腐れにはしたくない。

 でもいったい何をすれば……?

 最近はそればかり考えている。


○月✕日

 極地に来て、少しだけ希望を見出した。

 ここは低気温による植物の限界地で、苔のようなものが育つので精一杯。農作物など採れはしない。

 でも逆にその苔の繁殖力が高く、それを食べる草食動物、さらにそれを食べる肉食動物はそれなりにいる。

 つまり、ここで暮らす人々は、主に狩猟によって生活しているのだ。

 狩猟は農業と違い、結果が安定しない。そのため、場合によっては自分を守るために食糧を独占する必要が出てくる。

 ここの人々は、他の地域の人々と比べて欲が出やすいのだ。

 この平和ボケした世界の中、豊かな物資を楽して得たいという欲望を持って見る者が現れれば……。

 野生動物、特に肉食動物さえも日常的に相手をしているから、戦闘能力も高い。

 彼らをうまくノセる事が出切ればあるいは……。


○月✕日

 俺はいったい何を考えていたのだろうか。

 極地の住民を扇動し、他国に攻め入る。なんの罪も無い人々を蹂躙し、支配圏を広げ、やがては世界を統一する。

 本気で行動を起こせば、もしかしたら達成できたのかもしれない。

 でも、その後はどうするつもりなんだ?

 帝王となって贅沢がしたいのか? 他人を支配するという欲望を満たしたいのか? 世界を思い通りに動かしたいのか? 復讐の影に怯えながら?


 そんなのは俺が望むものじゃない。

 そう気付いた。


 たまたま入った酒場で極地の人々に、他国の豊かさを愚痴るように、羨ましがるように、妬ましいように、奪ってしまえたらとこぼしてみた。最初は胡散臭そうにしていた彼らだったが、若い人達が興味を持って盛り上がり始めた。

 いつしか俺が話さなくても勝手に話が進んでいた。


 その勢いを見て、俺は逆に引いてしまった。

 俺はそんな事を望んでないと気づいた。

 俺が求めていた活躍は、魔王や悪政に苦しむ人々を救うための鉄槌だ。

 俺自身が害悪になるつもりなんて無い。

 俺は、盛り上がる酒場をそっと後にした。


○月✕日

 俺は、最初にいた国に帰ってきた。

 俺の求めていた胸踊る大ロマンスペクタクル冒険アドベンチャーはどこにも無かった。

 旅の間に稼いだ金で、小さな家と土地を買った。きっとここで、他の人達と同じように安寧とした日々を送るのだろう。

 それもいいじゃないか。地球でだって、きっとこんな生活を送るはずだったんだ。

 ただ、娯楽が少ないのだけが問題だ。

 ゲームやネットはもちろん、漫画も映画も小説ですらほとんど無い。

 トランプでも自作して、近所の人達と遊んでみようか。

 勝負事がそもそも無いから、刺激的なルールにすれば流行るかもしれない。


 俺は、退屈な日々をどう過ごすか。それだけを考えていた。



パターン2 終

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