異世界アンチ 〜異世界行ったけどダメだった〜
i-トーマ
パターン1 異世界転生
気が付くと、なにやら神殿のような建物の中に居た。
「えっと……ここはどこだ?」
わざと声に出して言ってみる。声に変わったところはない、いつもの自分の声だ。
辺りを見回しながら考える。ホントにここはどこなんだ? 重厚な石のような素材で作られた壁や柱。基本的に白がメインで、要所要所に彫刻が彫られている。まるでギリシャ神話に出てくる神殿のようだ。こんな所に来るような予定なんて無かったはず。俺はさっきまで……、あ。
「お待たせいたしました!」
「うわ!」
突然後ろから元気よくかけられた言葉に、驚いて声が出た。
振り返ればそこにいたのは、これもギリシャ神話に登場する人物が着ていそうなゆったりした服装の、可愛い女の子だった。
「○○○○○さん、ですよね?」
「あ、はい。そうですけど」
「この度は申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げる女の子。
「えっと、もしかしてキミが俺を……殺したの?」
「ち、違います! いえ、結果的には違わないんですけど、どっちかっていうと助けたかったというか……」
ここに来る前の、最後の記憶。それは、夜中コンビニに行こうと歩いていたら、突然頭に衝撃を受けたこと。そして今の状況は、世に聞く「詫び転生」!
俺はきっと、なにかの手違いで死んでしまったに違いない。
「実は、貴方の頭に植木鉢が直撃しまして」
「植木鉢?」
「それをたまたま偶然ほんのちょっと奇跡的に見かけたものですから、とっさに衝撃緩和をしたんですけど」
「それでも間に合わなかった?」
「それが、○○○○○様は衝撃で朦朧としたまま車道にふらふらと」
「まさか……」
「そこにトラックが突っ込んで」
そんな事になっていたなんて。
「でも、キミは助けようとしてくれたんでしょ? それでなんで謝罪なの?」
うっ、と息をつまらせる女の子。俺の見立てでは女神見習いとか多分そういう存在。
「私が何もしなければ、その場で気絶したらしいんです。しかも、怪我は大きな《たんこぶ》で済んだんだとか」
「マジかよ」
「中途半端に干渉したせいで、被害を大きくしたというか、逆効果だったというか……」
なるほどなぁ。
「俺の事もそうだけど、人身事故を起こさせられたトラックの運ちゃんも大概不幸だぜ?」
そっちのフォローもしてあげて欲しいくらいだ。
あわあわしていた女の子だったが、なんとか気を取り直して話を続けた。
「申し訳ないのですが、○○○○○様のお体の損傷がはげしく、社会的にも死亡した事になってしまいましたので、元に戻す事も出来ず……」
「で?」
「なので、お詫びといってはなんですが、他の世界をご案内させてもらおうと思いまして」
「他の世界?」
「○○○○○様にとっては、いわゆる異世界って事になりますね」
おおっしゃぁぁぁあああ!! きたぁぁーーー!!
俺は内心の興奮を悟られないように抑えつつ、さも不満げにしてみせた。
「異世界ぃ? いきなりそんなわけわかんない所に一人で放り出されてもなあ」
「他の世界の力を借りたいと、召喚してくれる世界もありますから」
「そんな、貸せるような特別な力も持ってないのに?」
「もちろん、こちらで出来る限りのサポートをさせていただきます!」
「例えば?」
「生きていくうえで必要な特殊技能、などですね」
ふぉわぁ! 来たぜチートスキル!
「うーん、それならまぁ、許せなくもないかな」
「よかった! ありがとうございます!」
正直なところ、家族や友達にもう二度と会えない事を考えると、多少寂しくはある。それでも女神様が出来ないという以上、気持ちを切り替えて新しい生活に踏み出すしかないだろう。
「では、○○○○○様の欲しい特殊技能があれば教えてください」
「じゃあまずは手始めに……」
それから俺は、思いつく限りのチートスキルを要求した。
ゲームのようにステータスが確認出来る事を基本に、
「あ、当然言葉は通じるようにしてくれるんだよね」
「それはもちろん」
危ない。もし言葉が通じなかったら詰むところだった。
「あ、早速異世界召喚を行っている世界がありますよ。召喚に応じますか?」
異世界に助けを求めるくらいに困っているのなら、俺が行けば活躍する場面はすぐに来るはずだな。
「わかった、いいよ。特殊技能の方は?」
「転送時に全て獲得されますので。技能の使い方も感覚で分かるはずです」
うっしゃーー! これは勝ったな。
女の子が両手を大きく広げ、なにやら呪文めいたものを小声で唱える。
俺の周囲に光の粒が集まり、取り囲むように回転を始めた。
そこで女の子が詠唱をやめ、にっこり微笑んだ。可愛い。
「あとは十秒くらいで転送完了になります。頑張ってくださいね」
俺も微笑み返した。と、急に思いついた。
「あと、サポートAIみたいな存在の協力が、脳内に欲しいんだけど」
回る光が強くなり、女の子の姿が霞んでいくが、彼女の親指が上げられていることが確認できた。
◇◆◇◆◇◆
そこは広い部屋だった。
部屋というか、体育館ほどの屋内。木造の、一見教会のような、どこか宗教的な雰囲気を感じる空間。
そこに自分と、壮年の男性がいた。男性は、どこか制服めいた服装で、なんとなく執事のようでもソムリエのようでも軍人のようでもあった。
その男性が静かに口を開いた。
「喚びかけに応じていただき、まことにありがとうございます」
どうやら言葉は通じるようだ。
「ここはどこですか? 異世界からの手助けが必要なほど困っていらっしゃる?」
「そうですね、話が早くて助かります。それでは、お互いに情報を共有するために、まずは担当の者とお話しくださいませ」
「担当……?」
「どうぞこちらへ」
そう言って、彼は背後の扉へと俺を誘導する。
扉をくぐると、そこは廊下だ。少し進んだ先にまた扉が見える。
男性が先導し歩くのに続いて、少し後ろをついて行く。とても清潔な廊下だ。調度品こそ無いが、もしかしたら王宮の中にある建物なのかもしれない。窓でもあればどことなく想像もできそうなものだったが、あいにく外を伺う事のできそうな場所はなかった。
それよりも、俺は自分の中に湧き上がる力に興奮していた。なんとなく体も軽い。これが魔力だろうか。早く自分のステータスやスキルを確認したい。
(おい、いるのか?)
俺は、サポートAI的な存在がいないかと、頭の中で話しかけた。
『います』
(おおおおおぉぉぉぉお! すげぇぇぇぇ!)
いた! いたよ! あの女神は本物だ!
(今の状況を説明してくれないか?)
『申し訳ございません。現在情報が不足しております』
そ、そうか。コイツも俺と同じ状況なのか。世界情報にアクセスしてなんでも検索してくれるような能力までは、説明できなかったからな。
そんな間に扉までたどり着いた。男性が先に中に入り、俺を招き入れる。そこは簡素な部屋で、壁際にソファがあるだけだ。入ってきたところの他に、二つの扉があった。
「こちらでしばらくお待ちください。用意ができ次第、お呼び致します」
男性はそう言って扉の奥へと消えた。
取り残された俺はソファに座った。早速今の自分の能力を確かめてみよう。
心の中で唱えてみる。
(ステータスを表示)
すると突然目の前にウィンドウが開き、メニューコマンドが現れる。感動しながら手を伸ばしてみるが、直接触れることはできないみたいだ。その代わり、頭の中で考えるだけで表示を切り替える事ができた。
「どれどれ……」
まずは身体能力を確認。いろいろ細かく数字が並んでいるが、他の人と比べないとこの数字が高いのか低いのか分からなかった。続いて
おおお、確かに自分が望んだ技能がある! それぞれの使い方もなんとなく分かる。例えば瞬間移動は……。
「状況が確認できる視界内、もしくは一度訪れた場所であれば移動可能。ただし、世界間移動は不可……か」
なるほど、よくある感じだけど、それなら千里眼の技能も貰えばよかったかな。まあこのままでも十分有能か。
他にも時間制御は時間の流れを遅くして止める事は出来ても、巻き戻す事は出来ない。無限収納は直接触れる事が条件、などなど。基本的には望んだ通りの
それでも強力すぎる能力ばかりなのは間違いない。これ以上を望むのは贅沢というものだろう。
そんな事をしていると、正面の扉が開いた。まだ開いていなかった最後の扉だ。
そこから女性が入ってくる。服装は先ほどの男性のものとほぼ同じデザインで、女性用に調整してあるものだった。
「お待たせいたしました○○○○○様。こちらへお入りください」
その女性に案内されて、隣の部屋へと入る。俺の背後でパタンと扉の閉まる音。女性は入って来なかった。
その部屋はさっきまでのものより広く、真ん中にテーブルと椅子。そして、対面には一人の男が座っていた。まだ若く、大学生でも通用しそうだ。
服装は最初の男性とほとんど同じ。細部の意匠が多少違うようだったけど、細かいところまでは分からなかった。
彼は立ち上がりテーブルの反対側、俺の方にある椅子を示す。
「ようこそ。さあどうぞ、座ってくれたまえ」
少し硬い笑顔に、芝居がかったような喋り方。目つきが鋭く、こういうのを「目が笑っていない」とかいうんだろうか。
ただ、直接の敵意は感じなかった。敵意察知の技能もそれを証明している。俺は素直に椅子に座った。
「まずは自己紹介をしよう。私の名前は✕✕✕✕✕だ。私の所属する団体の、まとめ役をしている。よろしく」
「あ、はい。俺は○○○○○。で、ここは、どこなんだ? 本当に、異世界……なのか?」
「ふんふん、なるほど。それを理解しているなら話が早い。そうとも、ここは君が元いた場所からすればまさに異世界。時間も空間も隔絶された、自然法則さえも異なる世界だよ」
「あなた達が、俺を異世界から召喚した?」
彼はゆっくりと頷いた。
「それで、俺は一体なにをすればいい? モンスター討伐か?」
その質問に、彼は手のひらを向けて止める仕草をした。
「似たようなものだが、まあそう焦らずに。まずは君の能力を教えてもらえるかな? どんな事ができるんだい?」
なんだか面接でも受けているみたいだと一瞬思ったが、自分の能力を披露する機会を得て気持ちが盛り上がっていた。これだけの特殊技能、人に話したくてしょうがなかったんだ。
「まずは……」
そこから、俺は自分の有用さについて嬉々として語った。細かいところ、例えば効果範囲だったり連続使用だったり組み合わせだったり、そういうのはサポートAIが助言をくれた。有能な助手だ。
✕✕✕✕✕は時々質問してくる。
「例えば、その敵意察知っていうのは、どれくらいの距離まで察知できるんだ?」
(どうなんだ?)
『約三十キロメートルです』
「三十キロメートルです」
三十キロ!? 自分で言ってびっくりしたわ。半径三十キロメートルなら、都市がまるまる入るんじゃないか? そんなんもう無敵だろう。
ふんふん、となにやらメモをとる✕✕✕✕✕。他にも、確率変動や未来予知の限界なんかを聞いてきた。嘘をつく必要も無いと思ったから、正直に話した。味方なら問題ないだろうし、もし敵になっても、逃げきる、もしくは倒しきる自信があった。こんなの、どうやったって負けない。
一通り話し終わると、✕✕✕✕✕は気を落ち着かせるためか、大きく深呼吸をした。
「なるほど、よく分かったよ。ありがとう」
「それで、俺はこれから何をしたら? 手に負えない敵がいたりするのか?」
「それはまた追々説明するよ。○○○○○君も疲れただろう。部屋は用意してあるから、とりあえずゆっくりするといい」
✕✕✕✕✕が呼んだのだろう、ちょうどいいタイミングで扉が開いた。俺が入ったのとはまた別の扉だ。そこから、また見たことのない男性が入ってくる。
「彼が案内するよ。食事など必要なものがあれば彼に言ってくれれば対処できるはずだ。遠慮なくどうぞ」
✕✕✕✕✕は入ってきた男性に、エスプラスへ、と指示を出していた。
入ってきた男性に誘導され、部屋を出る。そこは長い廊下だった。先を見ると、緩やかに右へカーブしている。
先導する男が話しかけてきた。
「ようこそ。ここはまあ、危険なところもあるが、能力者なら基本的な生活は保証されているし、それなりに仲間もいる。安心していいぞ」
「そうなのか」
いきなり路頭に迷うよりはよほど良い。ん? 能力者なら?
「俺の他にも特殊技能を持つ者がいるのか?」
「いるぞ。ここに所属する者の大半はそうだな」
げ、そうなの? じゃあさっきのは……。
「さっき✕✕✕✕✕が言ってた『エスプラス』って」
「能力の強さに応じたランクだよ。君はエスのプラス扱いさ」
「エスの中でも上位ってこと?」
「あーいや、エスの中で、話が分かる者ってことだ。中にはとにかく戦いたがったり、思想が支離滅裂な奴がいるからな」
あーそうなんだ。
「ちなみに、エスってどのくらいのランクなんだ?」
「この世界で生まれるほとんどの人は市民、エヌランクだ。その中で一万人に一人いるかいないかって割合でアールランクがいる」
ほうほう。
「さらにそのアール千人に一人の割合でエスランク。エスエスになると、大国に一人いればいい方ってとこだな」
ってことは、さっきの✕✕✕✕✕が隊長でエスエスだとしても、エスはかなり貴重な部類に入るんじゃないか? 特殊技能一杯貰ってて良かった!
「ならこれから俺が大活躍してやるから。大船に乗った気でいてくれ」
「はは、それは頼もしいな。ま、とにかく死なないようにだけは気をつけてくれよ」
その言い方になにかが引っかかった。俺が、死ぬ? その疑問を口にするより早く、彼は前方を指差し言った。
「ほらそこ、ちょっとした休憩スペースになってるんだ。少し休んでいくか。窓もあるから、外を見てみるといい」
見れば、確かに左側が広くなっている。
近づくにつれて窓も見えてきた。
外は暗い。真っ暗だ。夜なのだろうか。さらに近づくが変化がない。建物の近くにありそうな物もなにも見えない。少しくらい明かりがあってもよさそうなものなのに。
不意に気付く。
窓から外にもれた明かりが、何も照らさない。本当に何も無いのだ。
そしてついに窓の前に立つ。そこに広がっていたのは。
「う、宇宙……」
眼下には緑色の惑星。さらにその向こうにも赤っぽい惑星が。
「こ、ここは……宇宙ステーションだったのか」
よく見れば、小型の宇宙船らしきものがちらほら行き交っている。いや、小さく見えるだけで実際はかなり大きいのかもしれない。スケール感のギャップに感覚がついていかない。
「その緑の星がね、人間の星さ。そしてその向こうの赤い星、あそこに我々が戦わなければならない敵がいる」
「侵略者か? 惑星間戦争でもしてるのか?」
「それだったら、話し合いの余地がある分まだマシだったかもな」
「違うのか? なら一体なにが?」
「怪獣だよ」
俺の頭は混乱していてついていかない。怪獣? それは生き物ってことか? 宇宙空間で?
「人類は科学を発展させて宇宙に進出したが、奴らは進化の末に宇宙へとたどり着いた。しかもそれは逃げるためじゃなく、捕食のためにだ。我々は、単身で宇宙空間を狩場とする化け物と戦っているのだ」
彼の言葉に呆然とする。宇宙を生身で動き回る化け物? そんなまさか。いや、怪獣も生来の
「だ、大丈夫さ。俺はエスランクだぜ? 上位ランクの力を見せつけてやるよ」
俺は自分に言い聞かせるように言った。時間や空間を操る技能があれば、どんな敵だって問題ないはずだ。
「それなんだがな、エスは下から数えた方が早いんだ」
「……なに?」
だってさっき、エスエスが大国に一人って。つまり世界に数人って事だろ? ならエスは上位じゃないか。
「エスエスの上にはユーアール、ユーエスアール、エイチアール、エイチエイチ、エム、エムオー、そして現在最高のブイエムがあるんだ」
「……??」
???
「さっきの説明だと、エスエスだって世界に数人じゃ?」
「それはこの世界で生まれた人の場合だよ。今は異世界召喚があるからね、どんなに低い確率のレアな人材だって、無限の世界の中からなら探しだせるのさ」
百発百中とはいかないけどね、というセリフは俺の耳に届かない。
「俺、時間止めたり、空間転移したり、魔力も無限だし、完全防御も持ってるよ? それでも? それでもそんなに低いの?」
「その辺りは必要最低限だな。相手は時間も空間も無視する重力系の攻撃もしてくるし、防御無視技能もあるからな」
そ、そんな……。
呆然としている俺に、彼の言葉がトドメとなった。
「時間も空間も、なんなら自然の摂理さえ違う異世界から、ある程度ピンポイントで必要な人材を喚び出す技術があるんだぜ? 自分の世界の時間や空間くらいは自由に操れるとは思わないか?」
そのとき俺は悟った。俺はこの世界ではガチャのハズレキャラでしかない。こんな事になるんなら、女神にはこうお願いするべきだったんだ。
『俺が最高に活躍できるレベルの異世界にしてくれ』と。
パターン1 終
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