別人の人生

 今日も元気に登校し、ニコニコ笑顔で愛想を振り撒き挨拶をする。


 この身体の持ち主は明るい子だったらしく、周りに違和感を持たれぬよう自分ゆうを作った。


「じゃあこの問題――ゆう」


「はい」


 数学の時間。先生に指名され、堂々とした立ち振る舞いで黒板の前に向かった。


 羽菜うなだった頃は指名されること、皆の前に行くことがすごく嫌だった。しかし、この身体ならば自信が持てる。


 導き出した答えを、チョークで黒板に書き連ねていく。


「うむ、正解だ。さすがだな」


 私の答えを見た先生が、関心したように呟く。


「ありがとうございます」


 先生に笑顔を送り、自席に戻るまで私には尊敬の眼差しなどが送られていた。


 ああ……癖になりそう。この感覚。


 昼食も優しい友達に囲まれ、自分で作った美味しい弁当を食べる。


 この身体の持ち主は料理もできるので、料理が苦手だった私からは考えられないくらい美味しいご飯が出来上がった。


 放課後は友達とゲームセンターやクレープを食べたりと、全力で楽しんだ。


「あー楽しかったぁ。てかゆうゲーム強すぎだよね」


「それな! クレーンゲームなんてポンポン景品取ってくから、もう持ちきれないよ〜」


「えへへ、調子乗って沢山取っちゃったよ」


「あ、そうだ! これからカラオケ行かない? 最近ハマった曲があってさ、めっちゃ歌いたいんだよね」


「いいね。行こ行こ」


 散々遊んだ後、杏の突然の提案でカラオケに行くことになる。お金には余裕があるので、私も2人について行った。


「――〜♪」


 友達が歌うのに合わせて合いの手を打つ。


 私も楽しく歌うことができ、今日もランランな気分で帰宅したのだった。


「おかえり、ゆう。今日はカレーよ。早く手を洗ってきなさい」


「あ、ごめんマ…お母さん。もう夜ご飯食べちゃった」


「そうなの? なら連絡してくれないと…」


「ごめんて。忘れちゃってたんだ。今度から気をつけるよ」


 そう口にし、私は早足で自室へと戻る。


 制服のままベッドに潜り込み、すぐさまスマホを取り出す。


 今日撮ったプリクラの写真を、リンスタという写真投稿アプリにあげるためだ。


「ふふっ、今日はめっちゃ盛れたし、いつもより多くいいねつくかな〜♪」


 この身体になってから、新しくリンスタのアカウントを作り写真を投稿した。


 元の持ち主はリンスタをやっていなかったらしかった。


 スマホに残っていた盛れている写真を投稿したところ、100いいね超えと多くのいいねとフォロワーを獲得することができた。


 リアルでもネットでも居場所がある……もう、最高すぎじゃん?



   ◇◇◇



 違う身体になってから、あっという間に半月が経っていた。今日もいつも通りに、2人と屋上でお昼を食べている。


「そういえばさ、最近ゆうってなんか変わったよね」


「それな」


「え、そう? どこか変わったとこあるかな」


 結月の言葉に内心ビクッと反応してしまう。


 ずっと記憶上のゆうを作ってたつもりだったんだけど、細かいところで羽菜が漏れちゃってた……?


「不思議な言動というか、不思議ちゃんキャラが消えたよね」


「うんうん。それに前カラオケ行ったとき、今まで好きそうじゃなかったジャンルのやつ歌ってたし」


 顎に人差し指を添えたり、腕を組みながら言う彼女達の話を聞いていると、今までの私の行動がふつふつと思い出される。


 彼女達は気を使って言ってないだけで、他にも違和感は沢山あるのだろう。しかも、それを感じてるのは彼女達だけとは限らない。


 そう考えた瞬間、急に周りの視線が怖くなってきた。


 ――私は『ゆう』であって、『ゆう』ではない。


 ゆうが過ごしてきた毎日を記憶データとして持っているだけで、私自身を築き上げてきた要素は一つもない。


 性格や言動をよせたって、細かいところまでは変えきることはできない。身近な存在なら尚更、簡単になど騙すことはできなかったのだ。


 食べかけの弁当は、途中から味がしなくなってしまったのだった。


 家に帰ると、母親が心配そうな顔つきでこちらに駆け寄ってきた。


「あ、ただいまお母さん」


「ゆう、最近大丈夫? 何か困ったこととかない?」


 母親の言うことに心当たりがなく、私は小首を傾げる。


 わかっていない私の様子に気づいたのか、母親は付け足すように話し始めた。


「今までしてたことを突然しなくなったり、すぐに部屋に行くようになったでしょう? 帰りも遅い日が増えたし、何かあったのかなって心配してたのよ」


「そ、そうなんだ。大丈夫、特に困ったことはないから」


「そう? ならいいんだけど……」


 心配が取り切れないのか、母親は未だこちらに心配する視線を送ってくる。そんな目を無視し、私は自室へと急いだ。


 部屋に入るとすぐ扉を閉め、その場にへたり込む。


「ヤバいヤバいヤバい。皆に怪しまれ始めてる……!」


 頑張ってゆうを演じても、女優でもなんでもない私にはさすがにずっとは無理があった。


 それに最近――ような感じがしてくる。


 私の名前は羽菜うな。今の私はゆう。


 本当の私の名前を呼ぶ人など、当たり前だが誰もいない。まるで私という存在が消えているようで、悲しい。そんな感情が、ここ最近湧くようになってきたのだ。


 ゆう、羽菜、ゆう、ゆう、ゆう、羽菜、ゆう、ゆう、ゆう、ゆう、ゆうゆうゆうゆう羽菜ゆうゆうゆうゆうゆうゆうゆうゆうゆうゆうゆうゆう。


 私が、ゆうという存在に塗り潰されていく感覚。


 その日の夜はずっとそんな幻聴が聞こえ、眠ることができなかったのだった。

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