ディファレット・ライフ

天羽ロウ

怪しい男

 自分以外の人生を歩んでみたい。


 最近私――羽菜うなの中で生まれた、ちょっとした興味である。


 私は漫画や小説といった、物語がものすごく好きだった。物語を読んでるときは、自分が主人公になったかのような、別人の人生を歩んでいるような感覚になるからだ。


 でも、それは言ってしまえば作りもの。


 同じ日の繰り返しである人生に飽きかけていた私にとって、その興味は膨らむばかりだった。


 そんなとき、ふと転機が訪れる。


「そこのお嬢さん。あなたは、。そう思ったことはありませんか?」


「……はい?」


 学校の帰り道。突然声をかけられ振り返ると、そこには見るからに怪しい黒スーツの男が立っていた。


「あの子になってみたい。人生をやり直したい。生まれ変わりたい。そんな、誰でも一度は思ったことのある願い。それを叶えて差し上げましょう!」


 男は大げさに腕を広げたりと、身振り手振りでアピールしてくる。


 何この人……怪しすぎでしょ。


 だが、男が言っていることには少なからず興味はある。


 こんな怪しい人、もしかしてテレビのドッキリか何かで、私は巻き込まれた一般人的なやつ?


 だとしたら面白そうだし、話だけは聞いておこうか。


「あなたの言いたいことはわかりました。では、どうやって叶えるんですか?」


「あなた様は特に何もしていただかなくて結構ですよ。ただ、私が提示する条件に頷けばいいだけです」


「条件……?」


 男の不穏な言葉に、私は思わず顔をしかめる。


 催眠術かマジックなのか、詳しいことは教えてくれない男を不審に思いながらも、私は男の次の言葉を待った。


「別人の人生をプレゼントする代わりに、あなた様の人生を頂戴いたします。尚、返品は不可能なのでご注意を。もちろん、別人の人生を送る際は今の記憶を持っていけます。ご了承いただけますか?」


 胡散臭い男はずっとニコニコと笑っていて、とても雰囲気は良かった。


 テレビだとしたら、ここで私が頷くか拒否るかの反応をすればネタ明かしって展開かな。


 頷いた方が面白いだろうし、ここは頷いておくか。


 ふふっ、帰ったらママにテレビ出るかもって自慢しちゃおっと。


「はい、お願いします」


 私は笑顔で頷き、脇の道などから出てくる(予定の)大人達やネタ明かしを待った。


 しかし男から返ってきた言葉は、予想していた言葉と全く違うものだった。


「承りました。それでは、良い人生を」


 男がそう口にすると、どっと眠気が襲ってくる。


 私はその眠気に耐えきれず、倒れるようにして気絶したのだった。



   ◇◇◇



 気がつくと、私はベッドの上で寝ていた。それも自分の以外の、だ。


 そのはずなのに、私はこのベッドに見覚えがある。いや、自分のベッドだというがある。


 そんな違和感は、部屋にあった鏡の前に行くと謎が解けた。


「この子誰!?」


 鏡に移るのは、私以外の女の子。


 しかも肌は色白のスベスベ。目は程よく大きく、全体的に顔の整った可愛らしい美少女。胸もほどよく膨らんでいて、それなのに体はしゅっと細い。


 凹凸のない元の身体とは正反対の、全く違う別人の身体だったの。


「あの男の言ってたこと……本当だったんだ……」


 まさかの事実に、私の頭は情報を処理しようと必死に働く。だが、未だ理解が追いつかない。


 こんなこと、普通ある? テレビのドッキリか何かじゃなかったの? これどうすればいいの?


 尽きぬ疑問は一旦置いといて、私は呑気に部屋を見回していた。


 いつまでも考え込んだってわからないものはわからないし、こうなったものは仕方ないと考えたからだ。


 クローゼットらしき戸の前に、この子の物であろう制服が掛けられていた。


「この制服ってたしかN高のやつだよね。……待って、N高って超レベル高いところじゃん! 私が通ってたバカ高より遥かに頭が良い! この身体の持ち主、そんな頭良かったんだ。すごいなぁ」


 この身体の持ち主を頭の中で褒めていると、机の上にある時計が目に入った。


 時計が示す時間は、朝の7時半すぎ。


 記憶によると、N高の朝のホームルームは……――。


「8時?! ヤバい遅刻するぅ!」


 私は急いで身支度を整え、玄関を飛び出しN高へと走る。


 すごっ、この子めっちゃ足速いじゃん。頭良くて運動もできるとか、マジの文武両道かよ。そして顔も良いときた……。


 ――これ人生勝ち組じゃん。


 そんなこんなで走っていると、無事N高に到着し記憶上の自分のクラスへと入った。


「おはよーゆう! 遅刻ギリギリとか珍しいじゃん。いつもは誰よりも早く学校来てるのに」


「ね、何かあったの?」


 席に鞄を下ろすと、2人の女子が近づいてきた。


 この子の友達の、あん結月ゆずきだ。


 心配そうにこちらを見る2人に、私は愛想笑いを浮かべ手を振る。


「ううん、ちょっと寝坊しそうになっただけだよ」


 記憶では友達なんだけど、初対面の人だからか少し壁を作ってしまう。


 その後は何とか慣れることができ、他人であるゆうの身体になってから初めての夜を迎えた。


 私は夕飯を食べ終え、自室へと戻りベッドに倒れ込む。


「はぁ……。とりあえず今日はやりきったけど、意外となんとかなったな」


 授業では今までわからなかった問題がスラスラと解け、体育ではバリバリに活躍。


 私が思い描いていたイージーモードの人生が、漫画のような人生が、そこにはあった。


 こんな楽しすぎる人生、エンジョイするしかないじゃん!


 私はこの人生を楽しむ。そう決意して、明日に備えて早めに寝ようと思ったのだった。

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