第2話 あなたが見た怪獣の姿は?

「……この地響きは、どう感じているのですか?」


「儂は感じないな。

 ヤツはカタツムリのように進んでいる……一歩一歩、踏みしめるような移動の仕方ではない」


「私は今も感じています……、コップの中の水が、揺れているじゃないですか……っ」


「俺は感じねえ。ただ、耳元でハエが飛んでるような、鬱陶しい羽音はしているがな」


 それぞれの意見が順番に出されていく……、そして、一致しなかった――。


(それに、姿だけならまだしも、この地響きを感じている者と感じていない者が混在しているとなると……――『目』に影響があるわけではない……?)


 会議を仕切っていた若い男が提案した。


「……SNSを使って意見を募りましょう。

 質問内容は、『あなたが見た怪獣の姿』です」




 ……千差万別、であった。


 中には嘘も混じっているかもしれないし、実際に、間近で見た幸運な生還者は、まともに答えられるわけでもないだろうが……、それでも多くの意見が集まってきていた。


 親が投稿すれば、子供の意見も同時に集められる。

 受信した数よりも得られた情報の数はもっと多い……これなら充分なデータになるだろう。


「あ、あのっ、頼まれていました、検索、結果が……、」


「ああ、ありがとう」


 政府の大物ばかりが集まっている会議に呼ばれた女性は、脇に抱えていたタブレットを渡した後、怯えながら退室した。


 彼女からすれば、怪獣よりも、この場にいるお偉いさんの目の前で粗相をしないかどうかの方が怖いらしい。


 ついでにお茶汲みを、と頼もうとしていた仕切りの男は、彼女に頼まなくて良かったとほっとしている。


 目の前でひっくり返されたら、こんな時だからこそ手が出てしまいそうだ……いや、それとも逆に、張り詰めたこの空気が弛緩しかんするか……?

 一か八かの賭けだが、賭けにしか思えないなら試すのはやめておくべきだ。この会議が日本の運命を左右すると言ってもいい……、できるだけイレギュラーは排除しておきたい。


「……ふむ、やはり、か」


 膨大な情報を見て、分かったことがある……。全てに目を通さなくとも、類似している情報、一致している情報を検索すれば分かるのだ――『0件』、である。


 つまり、


「同じ怪獣を見ている者が、一人もいない……」


 虚偽報告でなければ……、だが。

 だけど一致させることよりも、『一致させない』ことの方が難しいだろう。テキトーに言えば被ることがあるはずだ……、嘘を吐けば被るだろう、と思えてしまうくらいに、被らないことが真実であると思い知らされた。


 見ている人によって、怪獣の姿が変わっているならまだいいが……、

 本当に、姿が『固定』されていないのだとすれば…………どうなる?


「いや、本来の姿があるはずなんだ……、足がある、二足か?

 それとも四足か? 尻尾は? 翼は……? 

 背は高いのか、低いのか、細いのか太いのか……。

 それさえ分かれば罠も張れるのだから」


 もしも足がなく、羽を持った……、たとえば『トンボ』の姿をした怪獣だったしよう。その場合、せっかく仕掛けた落とし穴は意味がない。

 足がある前提の罠はもちろん、足がある怪獣にしか通用しないのだから。


 逆もそうだ。

 羽があることを前提にした蜘蛛の巣のような罠を張ったとしても、本来の姿が爬虫類のような皮膚で、前進に力強さを持つ怪獣であれば、蜘蛛の巣は引き千切られるだろう……。

 相手の姿が分かっているからこそ、罠も十全に機能するのだ。


 情報がなければ足止めすらできない。


 退治だなんて、夢のまた夢だ。


「して、どうするのだね、怪獣の足止めは」


「それは……」


 ダメ元で数種類の罠を仕掛けてみるか? 引っ掛かれば、それに対応した姿ということになる……。完全に分かるわけではないが、いくらか絞ることができるだろう。


 足が『ある』、『ない』くらいは、把握しておきたいところだ。


「あの大きさの怪獣ですから、予算が心配ですけど……」


 今となっては、大きいかどうかも分からないが。


「日本が沈めば予算なんてないも同然ですよ……使い切ってしまいましょう」


 使わずに死ぬくらいなら使ってしまえばいい――、できることを全て実現させてから敗北したい……でないと死に切れない……と、満場一致だった。


 本音は、自身の死後、残された者たちに莫大な金が渡るのが嫌なだけの、お偉いさんの考え方なのだろうけど……。


(まあ、今はなんでもいい……、

 とにかく予算を使って、あらゆる罠を仕掛ければいいだけだ――)



 結果は。


 ……新たな問題が浮上し始めた。



『見えている姿』が違うだけなら、地に足ついていようが、浮かんでいようが、本物が二足歩行であれば、落とし穴にはまるはずだ……。

 ――結果、会議を仕切っていた男の目には、落とし穴にはまった怪獣の姿が見えており――


 しかし。



「いや、俺の中じゃあ、?」



 そう、羽音を聞いていた男の目には、まだ怪獣は罠に足止めされずに進軍しているように見えており……、ここで初めて(同時に二人以上が認識したという意味で)、見えている世界に時間差ができてしまった……――怪獣の進行具合に、『差』ができたのだ。


 ……なにが起きている……?

 自分が見ている怪獣の姿が正しいのか、

 それとも別の人間が確認している怪獣の姿が正しいのか……っ!?


 仮に、この差の中で死者が出ていれば、その人が生きている世界と死んでいる世界の二つが同時に生まれていることになると考えるのは、突飛なのか……?


 怪獣が現れていながら、突飛もなにもないだろうけど……。


「して、ヤツの名はどうする?」


「そんなことッ、今はどうでもいいでしょうッ!!」


「しかし、名前がないと困るだろう……いつまでも『怪獣』と呼ぶつもりか?」


 真剣な顔で子供みたいなことを言う中年である。


 そう切り出したということは、自信のあるコードネームでも思いついたのだろうか。


「つけるなら一つに決めましょう。

 ……文字通りの怪獣という意味を現すコードネームでよろしいかと。

 身内で交わす名前で混乱しても嫌ですし……、

 怪獣ですから、映画からの流用でいいのではないでしょうか」


「それはならん。

 儂らで決めたいではないか……人生に一度もないかもしれんことだぞ」


「一度でもあってはなりませんよ。

 これは事件でも事故でもなく、危機ですから」


 見つけた星に名前をつけて、歴史に刻みたい――みたいな欲求なのだろうか。


 気持ちは分からないでもないが……、だとしてもやはり、いま言うべきことではない。


 女性に嗜められた中年の男性が肩を落としていた。

 国民の命を守るべき立場でありながら、面白がっている節があるのはよろしくない。

 彼は今回の危機を乗り越えた後は解任だな、と考えていたところで――、

 意見を言った女性にじっと見られていることに気づいた。


「え、なんですか?」


「あなたが仕切りでしょう。

 コードネーム、どうしますか?」

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