第3話 怪獣=侵略者?

 急に言われると困るが……、

 しかし、分かりやすく簡単なもの、というテーマがあれば考えやすい。


 彼女が言ったように、映画や有名作品からの流用でもいいのだが、それはそれでイメージに引っ張られる。

 映画のタイトルになるくらいなのだから、印象も強いし……――だったら。


「インベーダー……、

 侵略者という意味で、ここから一文字を切って――『インベーダ』というのは……?」


「いいんじゃないでしょうか。分かりやすく、簡単です。そして『インベーダー』だと伸ばした部分が何度も会話に出るとなると、鬱陶しくなりますから、切ってしまうのは正解でしょう。

 ちょっとだけアレンジをすると、愛着も湧きますからね」


 あんなものに愛着など持ちたくはなかったが……。


「儂はそれで構わん」


 いち早く否定しそうな中年の男は、意外にも賛成だった。


 彼のセンスに上手くはまってくれたのかもしれない。……嬉しくはなかったけれど。


「名前が決まったところで……情報共有の項目がまた増えましたね……」


 今までは外見だったが……、今回は、現在、見えている……『進行速度』について。


 円卓を囲む政府のメンバーで同じ映像を見て……――あらためて。


 怪獣・インベーダは、現在、どの地点にいる?




 まるでパラレルワールドを同時に見ているかのようだった。


 北上した怪獣は、東北地方を進軍している……。

 一方で、未だ関東地方から抜け出せていない怪獣もいて。


 被害報告が多岐に渡り、さてどれが本物でどれを公開するべきなのか――。

 報道するべきではないのかもしれないが、しないとなると、それはそれで反発があるだろう。


 対岸の火事と思っている関西や九州の方からは、未だに情報開示の催促が止まない。

 怪獣を実際に見たくて移動している者もいるくらいだ……、無謀な若者が、意図しない自殺で死んでいく結果を報告されるのは、自業自得とは言え、喜ばしいことではなかった。


 すると、部下からの報告が上がった。


「――怪獣が罠を突破しました!」


「またか……」


「よし!!」


 と、別のところではガッツポーズをしている者もいる。

 最初こそ不謹慎だ、と思ったものだが、見ているもの、聞いているものが違えば、別のリアクションを取っていてもおかしくはないだろう。


 耐性ができているからこそ受け入れられている……。

 どう対応すればいいのかは、未だに分かっていないが――。


 会議を仕切っていた男の元には、怪獣が罠を突破した、と報告が上がり、


 別のところには、怪獣が罠にはまった、と報告が上がったのだろう。

 だからこそ、反対のリアクションが同時に生まれたわけで。


 結果を報告した部下は、同一人物である。


「……、部下を調べたところでなにも出ない、か――」


 恐らくは。


 問題があるとすれば――自分自身だろう。


 どんなセリフを吐いたところで、いま聞いた内容が伝わる手筈だったのだ……、そして彼の目には報告通りの結果が進んでいる……、


 こうして何度も何度も成功と失敗を繰り返していくことで、円卓を囲むメンバーが見る怪獣の進行速度は、これで全員が、バラバラになったわけだ――。


 これではもう、会議などまともにできるわけがない。

 議題に上がっている怪獣の姿と進行速度が違えば、対処法も変わってくる。

 情報の擦り合わせ? 当人からすれば、周りの意見は誤情報なのだ……、意見を交わす意味はなく、デメリットにしかなっていない――のであれば、早々に解散した方がいい。


 だけど、解散したところで――だ。


 個人の力で、見える怪獣を対処できるのか?


 無理だ。

 組織が力を合わせても無理なのに、個人にできることなどはなにも――




「あ、あの……」


「……なんだ、お茶は頼んでいないぞ」


「いえ、その……たとえば、なんですけど……」


 おどおどとしている部下の女性の一人が、こそこそと近づいてきて提案してきた。


 彼女が見ている怪獣と、彼が見ている怪獣も違えば、進行速度も違うのだが……?


 正直なところ、彼女の相手をしている暇はないが(彼女には悪いが、時間を割いて聞くような、有用な案を持ってくる人材ではないと判断している)、行き詰っているのは確かだ。

 悪手でもいいから聞いてみればなにか思い浮かぶかもしれない……。


 そんな気持ちで、仕切りの男が彼女の意見に耳を傾ける。


「……盲目の人は、どういう風に見えて……いえ、感じているんでしょうか……?」




 彼女の意見とは言え、気になったのですぐさま知り合いの伝手で連絡を取り、盲目の女性を連れてきてもらった。

 盲目の彼女は、一人でこられると主張したらしいが、こんな状況である。

 たとえ目が見えていようとも、単独で行動することは推奨されない。


 会議を一時的に抜けることになった仕切りの男……、会議の仕切り役とは言え、誰もやりたがらないからやっているだけで、彼の専門職というわけではない。


 別の誰かが回してくれるだろう、と期待している。

 それくらい、やってくれないと困るだろう……。


 別に、彼にしかできないことではないのだから。



 会議とは別の個室である……、温かい紅茶を淹れ、三人分をテーブルに置いた。


 ソファの前半分に軽く座り、男が紅茶を手で勧める。


「……ご足労をおかけして、すみません。あなたに聞きたいことがありまして……」


「今更、ですけど……、あの、リモートでも良かった、んじゃ……?」


 猫背の部下が、恐る恐る聞いた。そんなことは言われるまでもなく考えたが……、重要な意見を聞こうとしているのだ、電話やリモートで済ませるようなことではないし、できれば肉声でちゃんと聞きたい。

 映像や音のみであれば、いくらでも改竄できるのだから。


「構いません。ご足労、と言いましたが、白杖をついて歩いてきたわけではありませんからね。

 まさかヘリコプターを出してくれるとは思っていませんでしたが……」


「陸路は時間がかかってしまいますから」


 怪獣の進路から避難してきた者が、関東地方よりも西へ集まっているのだ……、当然、車道は混む。

 陸路は時間がかかると思い、遠慮なく空路を使わせてもらったのだ……、職権乱用ではあるものの、これから得るだろう盲目の彼女の意見は、その結果がどちらに寄ったとしても有益だろう。


「どう感じていたか、で構いません。自分が感じているものが、たとえ異常かもしれないと思っていても、教えてください。こんな状況で周囲に合わせる必要はありませんから」


「分かりました」


 部下の女性が、紅茶を飲もうとして手を伸ばし、隣の上司を見て、『ダメなのかな……ダメっぽいな』と決めつけて諦めている間に、話は一通り終わったようだった。



「この通り、視力がありませんから……、

 怪獣の姿は見えていませんよ。……ですが、音、地響きは感じています」


 地響き、ということは、彼女が感じている怪獣は、足があるということだ。

 目に頼らない、別の感覚で怪獣の正体を突き止めた、とすれば……、

 やはり足がある怪獣なのか……?


 宙に浮いている怪獣像が、嘘……?


「お二人のお話を聞いていると、様々な怪獣がいるようですね……、いえ、いるのではなく、見え方が違うのでしょうけど。

 姿が違えば進行速度も違い、人によって怪獣に『差』が出ている――その差がどんどんと開いていけば、?」


「……? こういうこと……?」


「窓の外、怪獣が……、――いたりしませんか?」

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