頭の中のインベーダー
渡貫とゐち
第1話 横を見れば怪獣あり
その脅威は気づけばそこにいた。
巨大な『侵入者』は、姿を見せたその瞬間を誰にも見せていなかった。
まるで右を見て、左を見て――安全を確認した後にまた右を見たら、そこに飛び出した子供がいたような……。
勢い良く踏み出そうとした足を咄嗟に引っ込めるために、ぐっ、と全員が息を飲んで、全身が硬直してしまう……。全ての信号が赤になる数秒間のような静止を経て、次にやってきたのは堰を切ったように溢れ出す、『混乱』である。
周囲のビル群から突出している『怪獣(……なのか?)』が動き出した。
現れたのが都市部だったのは最悪だっただろう……、田舎だったら良かったのか、と言えば、もちろん良くはないだろうが……。
被害に遭う人数が雲泥の差であることを考えれば――、
数万と数百人の被害であれば、後者の方がまだマシだ。
怪獣が歩けばそれだけ被害が出てしまう。
怪獣からすればただ歩いているだけで、そこに敵意もないのだろうけど……、文字通りに、大きさでは足元にも及ばない人間は、長距離を走って逃げても怪獣の一歩で潰されてしまう。
人間だけじゃない。
周囲に乱立しているビルも倒れていく――、当然、平日なのだからビルでは多くの人間が仕事をしているわけで……。
危険だから逃げる者がいれば、同時に『隠れてやり過ごそう』と考えている者もいるはずだ。
結果、逃げても隠れても、怪獣は関係なく『人間』を潰して進んでいる。……どこへ?
目的地があるわけではないようだ。
行き先があって迷っているのではなく、行き先すら決めていないから、どうやって選ぼうか、と『決定のための手がかり』を探しているようだった。
その右往左往が都市を破壊し続けている……、一回目は指の隙間を偶然にも通り抜けたような幸運な生存者も、二度三度も同じ奇跡は続かない。
生存者を逃さないように徹底して周囲を踏み潰しているが……、やはり怪獣にそんな意図はないのだ。
足下なんて見ていない。
どこを見ているか、と言われたら分からないが……、少なくとも視線は前だろう。
灯台下暗し、なのだろう……。
あっという間の蹂躙だった。
だから怪獣を迎撃しようとする暇などなく、
気づけば東京都の人口の三分の一が削られていた――。
そして、怪獣は北上を始めた。
現在も、ゆっくりとだが、しかし一歩が大きいため、移動は早く……、
怪獣迎撃のための作戦会議も、だらだらやっているわけにもいかなかった。
……兵器を使うしかない。
これは日本だけの問題ではなく、いずれ他国にも影響を及ぼすだろう……、だから日本が現場になっている間に、救援要請を各国へ送った。
日本よりも兵器が潤沢な国からの援助を待ち――その間、怪獣がこれ以上のペースで進軍しないように動きを止めるのが、日本が今、できることである……。
「……おにーちゃん、あれが『かいじゅう』?」
ランドセルを背負った、小学生の二人が登校をしていると、遠ざかっていく怪獣の背中を見つけた。怪獣の進路は予測できているので、そのルート上にいる人々は避難をしているのだ……。
大人は仕事どころではないが、子供は変わらず学校へ通っている……。確かに怪獣は脅威だが、火を吐いたりするわけではない――。
進行方向から避けてしまえば、危険はないようなものだった。
だから子供たちに大人ほどの焦りはなく、映画や特撮番組の中でしか見たことがなかった怪獣を実際に見たことで、面白がっている。
「……背中にトゲトゲは……ないんだね」
少女がイメージしている有名な怪獣とは、その見た目が違うようだ。
「ん? あるだろ……ほら、尻尾までトゲトゲあるし……」
「しっぽ? どこ? わかんない……きれいな羽ならあるけど」
「羽? んなもん、どこにあるんだよ……」
「?」
「??」
兄妹は首を傾げながら、しかし互いに抱いた違和感をここで消化することはせず、『相手』が勘違いしているだけだろうと思って、特に気にしなかった。
普通の環境ではないのだ、平気な顔をしていても、内心ではパニックになっていて、話が噛み合わなかった、という可能性だってあるのだから……。
その違和感を違和感のままにしてしまったのは、やはり子供だからこそ、か。
遠ざかっていく怪獣の背中が小さくなっていくと、二人の興味は既に、通うことになった新しい学校へ向かっている。……望まない転校だ……とは言え、期限付きだけど。
怪獣が無事に退治されれば、以前の学校に戻ることができる……ただ。
怪獣の通り道にされた学校がそのまま綺麗に残っていればの話だが。
「――話にならんな」
子供たちが見逃した『違和感』が『問題』として浮彫になったのは、やはり大人たちだった……――大事な会議である。
そう、どうすれば現在も北へ進軍している怪獣を止められるのか、だ。……退治ではなく、どう止められるのか。
『止める』の定義も、今回に限れば、足を止めるのではなく、どう『ペースを落とすことができる』のかであり……、
求めるものが小さ過ぎるかもしれないが、『できない』ことを求めても失敗するだけだ。
だから止められないなら、せめて怪獣の進む足を遅くさせることに焦点を絞ったのだ。……これくらいなら……、まだ、我々にもできるだろうと大人たちが真剣に考えている。
その裏は『これくらいできないとヤバい』とでも考えているのかもしれないが……。
「情報を整理しましょう。
さっきから聞いていれば、全員の意見が上手く噛み合っていません。……無理問答とまでは言いませんが、スポーツの話をしている時に、急に料理や観光の意見が飛び出てくるみたいに唐突過ぎます。……焦りとパニックからの判断力の低下であればまだいいですが……」
広い部屋だった。殺風景な会議室の真ん中、円卓を囲み、互いの顔を見合わせながら、『パニック状態である』と顔に出ていて分かるような者は、この場にはいなかった……。
少なくとも冷静さを保っているからこそ、会議に参加できていると言える――。
最低限、選定した成果が出ているわけだ。
ならばなぜ意見が食い違う? まるで別の対象物を見ているような――、
一人は二足歩行の怪獣だと言った。
一人は四足歩行の怪獣だと言った。
一人は宙に浮かぶ怪獣だと言った。
一人は形を持たない液体の怪獣だと言った――まるで、ではない。
一人一人、見ている怪獣の姿が違うのだ。
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