九話 死んでも正しかった物
ガッ・・・・・ガッ・・・・ガッ・・・・
痛みが消え、音だけが俺の身体に響く。毎日聞いていた。骨と骨が当たる音。
「この・・・クズ・・・役立たずが。」
おやじは帰ってくるたびに、俺に暴力を振るい、暴言を吐いた。その口は笑っていた。
仕事が上手くいかなかったのか、ギャンブルに負けたのか、どっちにしろクズだ。おふくろは俺が中学生の時に消えた。
学校ではおやじに染められた金髪が理由で喧嘩し、足りない生活費をバイトで稼ぎ、家では殴られる、地獄の様な日々だった。
「お兄ちゃんのごはんが世界一美味しい。」
ご飯を食べるたびに、妹は俺に笑いかけた。俺はその言葉に迷惑がった顔をしていたが、内心では嬉しかった。俺は恥ずかしくて言葉には出さなかった。
妹だけはまともに生きてほしくて、絶対におやじに妹は殴らせなかった。妹には俺の後ろで笑っていて欲しかった。
「なあ、太樹これお前の妹じゃね?」
ある日、友達が携帯の写真を見せてきた。そこに写っていたのは、下着姿の妹だった。
「おやじ!これはあんたがやったのか?」
俺は家に走り、おやじの前にその写真を出した。家で写真が撮られていたので、もしやと思っておやじに問い詰めた。
「いいだろ、裸じゃあるまいし、それに結構金になったぞ?」
そこから先は覚えていなかった。とにかくこの汚い口から、何も出なくしてやると思って、殴り続けた。殴り方は身体がいつも聞いていた。
「お兄ちゃん?」
俺の拳と視界が真っ赤に染まった時、妹は帰ってきた。俺はもう大丈夫だと、妹に伝えようと近づいた。
「来ないで!」
妹が叫んだ。妹の目は、俺がおやじに殴られているのを見ている時の目だった。
その眼に映っている俺の口は・・・・笑っていた。
俺は妹を置いて家を飛び出した。バイトに使っていたバイクに乗り、とにかく遠くに行こうと思った。
そして、俺は車とぶつかり・・・・死んだ。
ガンッ・・・・・
「うお!」
俺の身体は吹き飛び、壁にぶち当たる。目の前には剣を持った狼男が立っていた。
「・・・クソ」
黒い剣と片手を優希が奪ったおかげで、かなり攻撃が軽くなったが、元々の体格差と、戦いの経験の差で、上手く攻めきれなかった。
しかし、俺は時間を稼げばいい。
狼男の後ろを、紗耶香が隠れて通りすぎた。紗耶香は加奈の元に向かっていた。
加奈の死体に刺さっている剣を抜けば、加奈は生き返る。今なら楽にこの狼男を殺せるだろう。俺はとにかく後ろを振り向かせなければいい。
スッ・・・スッ・・・・
狼男が鼻をピクピクと動かした。犬が匂いを嗅ぐ仕草と同じだった。
「まさか。」
狼男は予想通り、後ろを振り向き紗耶香の方を見た。
「おら・・・!」
俺は剣で狼男に斬りかかった。狼男はそれを防いだ。こうなったら死んでも、狼男に張り付いてあっちに行けないようにしてやる。
「走れ!」
紗耶香は俺の声を聞き、頷き全速力で走った。しかし、それを見ている狼男が笑っているように見えた。
「何がそんなに・・・・。」
岩陰から一匹の狼が飛び出した。一匹残していたのか。その狼はまっすぐ紗耶香に走って行った。
「クソが・・・。」
何とかあっちに助けに行きたかったが、今度は狼男が俺に張り付いた。
紗耶香は狼に気付いていたが、振り向くことなく、加奈の死体に走る。戦うことより加奈の蘇生を優先した。剣に紗耶香は手を伸ばした。
しかし、その手は剣に届かなかった。
「うう・・・・。」
足を噛まれ、後ろに引きずられて剣から手が離れていった。引きずられている途中で、紗耶香は腰につけていた自分の剣を落としてしまった。
「紗耶香!」
太樹が紗耶香の名前を叫んだ。紗耶香はその声を聞いて、加奈に刺さっている剣に伸ばしていた手をポケットに入れた。
「戦うんだ・・・・!」
紗耶香はポケットからカッターナイフを取り出し、足を噛んでいる狼を見て、上半身を起こした。
カッターナイフを頭に突き刺そうとしたが、そのナイフを首元に運んだ。その刃を首の血管に突き刺し、狼の首から血が噴き出した。
「グ・・・・ウウ・・・・。」
喉を突き刺され、開けようとした狼の口を、紗耶香は上から抑えつけた。抑えつける力で、足からさらに出血し、離れようとする狼の爪が、紗耶香の身体を傷つけていく。それでもカッターナイフを狼が死ぬまで刺し続けた。
「い・・・っ・・・」
死んだ狼の口を開き、足から牙を抜く。狼を殺した血まみれの手は、目で見えるほど震えていた。
震える手を握りしめ、加奈の方を向き立ち上がった。
ガッ・・・・ガッ・・・
狼男と剣をぶつけ合っている中、俺は笑っていた。学校で喧嘩をしている時も笑っていた。俺はおやじと同じなんだと、頭の片隅にいつもあった。
妹の目で、同じなんだと思った。
ズバ・・・・・・・
狼男の頬を剣が掠り、斬り裂かれたところから血が出た。俺はそれを見て笑う・・・自分が楽しんでいるのが解る。
「俺はクズだな。」
違う・・・・・
俺は紗耶香と、優希をちらりと見た。
あいつらを助けたい。このクソみたいな俺を使ってでも、あいつらを助けるんだ。俺が自分を正しいと思えるように・・・・
「・・・・・殺す。」
狼男は紗耶香の方を見て、何かを悟った目をした。顔が狼で、言葉は分からないが、この狼男が死を悟っているのが分かった。
「グガアアアアアアアアアアアアアア・・・・・・・・・」
叫ぶように吠える狼はまっすぐに俺を睨んだ。死にたくない、死ぬなら道ずれにしてやる、そう叫んでいるのが分かった。
「ああああああああああああああああ・・・・・・・・!」
それは俺も同じだ。
俺と狼男は互いに構えた。これが最後の斬り合いだと、多分お互いに感じていた。
ガッ・・・・・・・
同時に地面を蹴った。間合いが一気に詰まる。今まで速さで勝っていた狼が、先に仕掛けることがほとんどっだた。それが狼の意表を突いた。
ヒュッ・・・・・
俺の剣が空を斬る。意表は突けていたが、狼男の反射神経はそれを上回った。狼男はカウンターで剣を振り下ろした。
キンッ・・・・・・
カウンターの剣を受けた俺の剣は、その衝撃に耐えられず折れた。狼男が最初に持っていた黒い剣を何度か受けたからか、剣がもろくなっていた。
俺は振り下ろされる剣を躱した。折れたとはいえ、受けたことで速度が下がったため何とか躱せた。
狼男が笑った。
狼男が勝ちを確信したのが分かった。その笑みは、俺とおやじの笑みと同じだった。俺はひるむことなく一歩前に出て、折れた剣の間合いに詰める。
なぶり殺しにできると思うなよ。
間合いを詰められた狼男は、焦って後ろに飛んだ。
「斬波」
折れた剣から撃ちだされた斬撃は、狼男を斬り裂いた。
しかし、狼男の目にはまだ光があった。大きく斬り裂かれた傷から血を流しながら、剣を振り上げた。
剣が折れていたから、斬撃の威力が下がったのか。そんなことは今どうでもいい、このタイミング、躱せない。
「ガアアアアアアア・・・・・・」
ズバン・・・・・・・・
狼男が振り上げた腕が、光の矢に貫かれた。狼男の腕が剣と一緒に地面に落ちる。
ガンッ・・・・・・
紗耶香と加奈の方を向くと、目の前の地面に剣が刺さった。狼男が持っていた黒い剣だ。加奈の方を見ると、加奈が赤く光っていた。自分に刺さっていた剣をこっちに投げたのか。
「殺してください。」
加奈の言葉を聞き、俺はその剣を握った。
「ガアアアアアアア・・・・・・」
両腕を失った狼男は、それでも向かってきた。最後に残った牙で、俺に向かってきた。
「悪いな・・・・」
狼男の首が、体から離れて宙を舞った。
体中に痛みがあるのに、剣を握る手の平の痛みだけを感じた。それを感じて俺は笑う。もう・・・この手の痛みと、この笑みは恐くなかった。
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