八話 死んでも変わらない者

「こわい?・・・俺が?」


太樹は僕を睨んだ。僕も太樹から目を離さないでいた。


「君がビビってるとあの狼に勝てないからさ。」

「俺は別にあの狼にビビッてねえ!」


太樹は僕の胸倉をつかんだ。少し自分の足が浮いたのに驚いた。


「そうだね、君は狼を怖がっていない。」

「なら・・・。」

「君がこわがってるのは自分なんじゃないかな?」


太樹の動きが止まった。目すら動かず、真っすぐに僕を見たまま止まった。


「何が言いたい?」


太樹は息をのみ呟いた。僕は笑った。セリアの様に、あの不気味な神様の様に。


「最初はそんななりで、他人を傷つけるのがこわいのかと思った。」


太樹は何度も、攻撃を止めるそぶりがあり、昨日は拳を握っていた手が震えてだからだから、彼は人を傷つけることを恐れているのだと思っていた。


「でも・・・違うね。君はそんな事恐がってない。」


僕の胸倉をつかんでいる太樹の手を、僕は軽く払った。力がほとんど入ってなく、蜘蛛の巣の様に簡単に払えた。


「君はむしろ・・・」

「やめろ・・・。」


太樹は僕が何を言おうとしたのか分かったのか、僕の言葉を止めようとした。


「人を殴るのが好きなんだろ?」


太樹は目を見開き、歯を食いしばった。どうやら、当たっているみたいだ。


「違う・・・・俺は・・・。」


太樹は僕から目をそらし、後ろに下がった。僕はそれを追うように前に出た。


「違わないさ。殴るのが気持ちいいんだろ?だって君、笑ってるもんね?」

「違う!俺はおやじとは違う!」


そうか、朝ご飯を作っている時、家族の中にお父さんが出てこないことが気になっていたが、そういう感じか。


「俺はあんな奴と・・・」

「同じだよ。他人を傷つけることに高揚する。自分では止めようと、抑えようとしても、変わらない。たとえ死んでも、君のその狂気は変わらない。」


太樹は拳を握り下を向く、拳が震えている。いつ僕に殴りかかってきてもおかしくなかった。


「違う。」

「違わない。」


それでも僕の口は止まらなかった。嫌らしく、陰湿に言葉を並べていった。


パン・・・・・


僕の頬に何かが当たった。音が痛みと共に僕の頬に広がった。一瞬、太樹に殴られたと思ったが、あまりに重さが無かった。平手だし・・・・


「・・・違う。」


僕は叩かれ横を向いた顔を、前に戻した。そこに立っていたのは紗耶香だった。紗耶香は叩いた右手を抑えていた。


「え・・・と・・。」


正直、太樹に殴られる前提でいたので、予想外で言葉が出てこなかった。


「そんな人じゃない・・・。」


紗耶香は怒りの表情を浮かべ、目が涙ぐんでいた。


「彼はそんな人じゃない・・・彼は何度も・・・。」


僕は紗耶香のその姿を見て笑った。多分さっきまでの笑顔とは違ったと思う、紗耶香もその顔を見て、固まった眉間がほどける。


「そうだね・・・違うね。」


太樹と紗耶香は驚く顔をして、僕の顔を見た。そう・・・僕は伝えたかった。太樹は自分を誤解していると。


「確かに君には狂気があると思う。」


太樹の顔が曇る。僕は彼の胸に拳をあてた。


「でも君はそれだけじゃない。それが全部じゃない。君には正しい意志があるだろ?」

「正しい意志?」


太樹は僕の拳を見て、僕の目に目線を上げた。


「君の狂気を、人を助けるために使うなら、ただの暴力とは意味が違う。」


僕は自分が持っている剣を見た。つられて太樹も僕の剣を見た。


「この剣だってあの狼に刺すのと、僕に刺すのだと意味が違うだろ?」


僕は笑い太樹を見た。太樹も少し笑った。


「人を助けるなら自分の感情なんてどうでもいいだろ?・・・だから、ビビるなよ。」


太樹は少しだけ驚く顔をして、目をつぶった。


「ビビッてねえよ。」


太樹は自分の剣を握りしめ、剣を抜いた。


「一緒に戦ってやるよ優希。」

「よろしく、太樹。」


太樹は僕と同じように、僕の胸の前に拳を置いた。


「あの・・・私にも出来ることが・・・戦わせて。」


紗耶香が剣を抜いて立っていた。僕は二人で行くと言おうと思ったが、紗耶香の覚悟を決めた目を見て言うのをやめた。


「本当に戦えるの?」


僕は睨んだ。覚悟を問うように、紗耶香に問いかけた。


「・・・・はい。」


紗耶香は小さな声で頷いた。目は僕から離さなかった。


「わかった。」


僕も頷いた。横眼に順平を見たが、順平は苦い顔をしていた。


「二人とも、僕の作戦を聞いてくれるかな?」


二人が僕の顔を見て頷いた。命を懸ける作戦を、僕は二人に伝えた。


狼男は見晴らしのいい開けた場所で、何かの干し肉を食べて座っていた。近くには剣の刺さった加奈の死体が横たわっていた。


非常食があるなら僕達は部が悪い。どこかのタイミングで僕達は、戦いを挑まなければいけなかった。


それを解っているから狼男は、この場所で僕達を待っていた。


狼の耳がピクリと、何かの音を拾って動く。狼が後ろを振り向くと、僕と太樹がそこにいた。僕達が剣を握っているののを見て、狼男は自分の黒い剣を握った。


「剣一本で足りるのかよ?狼あたま。」


太樹は狼男に喋りかけた。挑発するような笑顔を狼男に向けた。


「グルルルル・・・・・・。」


挑発が聞いているのか、狼男は唸り、低く剣を構えた。真っすぐにこちらに向かってくる構えだった。


「来いよ。」


太樹は一歩前に出て、剣を構えた。僕は太樹の後ろに隠れた。


ガッ・・・・・・・


地面を蹴る、というより壊れる音が響く。その音と共に狼の顔が太樹の目の前に現れた。


「いっ・・・・。」


太樹は咄嗟にしゃがんで狼男の剣を躱した。僕は狼から少し距離をとる、しかし、いつでも攻撃に行ける距離を保った。


狼男はすかさず剣を太樹に振り下ろす。それを紙一重で太樹は横に転がり躱し、急いで顔を上げ、狼を見た。


ガン・・・・・・・


顔を上げた太樹の目の前に、狼の剣の刃があった。反射で太樹は自分の剣でその刃を受けた。


「クソ速いな。」


狼男の剣は、離れている僕ですら目で追えないほど速く、目の前の太樹はもっと速く見えているだろう。太樹以外はあの剣を躱すことすらできない。


ガッ・・・ガッガッ・・・ガッ・・・


間髪入れずに狼は太樹に斬りかかり、太樹はそれを何とか躱しすか、剣で防いでいた。しかし、それは全部ギリギリだった。


僕はそれを外から見ていた。手を出す事無く、ただ狼を観察した。


狼がそんな僕を少し見た。斬り合ってる真横でただ見ている人間がいれば、誰でも気になる。


「おら!」


太樹はその隙を見て、狼男に斬りかかった。しかし、それが逆に太樹の隙になった。


「ぐっ・・・・。」


太樹の腹部を狼男は蹴った。足の爪が突き刺さる。そして、太樹が後ろによろけた瞬間、狼男は突きを放った。


・・・・それを待っていた。


剣が貫き血が飛び散る。しかし、その剣が貫いたのは僕だった。突き刺した本人の狼男が驚いていた。


「ごほっ・・・・・・。」


刺された部分の熱が、喉を登り口から流れた。真っ赤な血を吐き出した。


外から見ていた僕は、狼男が突きの構えをしたのを見逃さなかった。僕はその瞬間前に出た。


「フリーズ」


僕は自分に刺さった剣を凍らせた。その氷が剣を登り、狼男の右手を凍らせていく。


斬撃では僕が瞬殺される可能性があった。そのため突きを受けなければならず、太樹は突きが出るまで耐えてくれと言ってあった。


「馬鹿野郎。」


剣を何とかするとしか太樹には伝えていなかった。太樹は剣を狼男に振り下ろす。その刃には怒りがこもっていた。


ガシュ・・・・・


狼男は自分の右腕を噛みちぎり、太樹の剣を躱し、僕の剣を拾った。狼男の片目から血が流れる。太樹の剣が当たっていた。


太樹はそれを見て笑った。


暴力に高揚する狂気と、人を助ける勇気が、彼の死んでも曲がらない自分だった。














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