七話 死んでも殴れない者

 「これで良し・・・。」


僕のシャツを包帯の替わりにし、狼に噛まれた左腕の傷に巻き付けた。横にいる順平の足にもシャツが巻かれていた。


「ありがとう、上手だね。」


僕は自分の左腕から目線を上げ、僕と順平を治療してくれた紗耶香の顔を見た。


「家が診療所だから・・・。」

「すごい。」

「田舎の小さな診療所だからすごくないよ。」


僕が順平の傷にシャツを巻こうとしたがうまくいかず、それを見ていた紗耶香が見ていられず、僕の替わりに治療してくれた。


「あ・・・・あありがとう。」


順平は紗耶香から目をそらしながら、ロボットの様にお礼を言った。女の子が苦手なのだろうか?


「・・・・。」


紗耶香は何も答えなかった。前回魔物の前に押し倒されたのが原因だろう。


「あの女・・・自害しろってイカれてんのか?」


太樹も僕らの側におり、僕らから少し離れた位置にいる加奈を見て呟いた。太樹以外の二人も加奈の姿を見ていた。その眼には恐怖、というより嫌悪に近い感情が見えた。


「でも・・・・」


僕は言葉を止めた。加奈を見ていた三人の表情が変わったからだ。


「またか・・・。」


三人が見ていた加奈の方を見ると、そこには狼が一匹現れた。太樹がいつでも逃げられるように、順平に肩をかして立たせた。


加奈は振り向き、僕達の様子を確認した。


「うしろ!」


加奈は目を見開き大声で叫んだ。常に静かな声の加奈の、初めての大きな声に僕達は驚いた。僕は後ろを振り向いた。


ザッ・・・・・・・


何かがこすれるような音が、僕の腹部から聞こえた。暖かい感覚が下半身に流れ、頭から全身が寒気を感じた。


僕は地面に倒れた。正確には下半身は立っていたので、地面に落ちたと言える。


「狼おとこ・・・・。」


僕は地面から自分を斬った相手を見上げると、そこには黒い大きな剣を両手に持った背丈2メートル以上の狼男が立っていた。


薄れゆく意識で横を見ると、そこには三人倒れていた。斬られてしまったのだろうか。


「・・・っち。逃げるぞ。」


上に覆いかぶさっていた太樹が立ち上がり、二人の背中を引っ張った。狼の剣を太樹が二人と共に躱したようだ。


「もう無理だ・・・・。」


下にいた順平が頭を抱え、蹲って動けず、紗耶香も顔を上げてはいたが、恐怖で立てずにいた。そして、僕は死んでいた。太樹はそれを見て焦りを浮かべる。


狼が剣を振り上げる。


「おおおおおおおおおお・・・・・。」


その瞬間に太樹は叫び、レスリングのタックルの様に、狼男の腰に体当たりをした。力いっぱいに2メートルの巨体を押し倒す。


「・・・・逃げろ!」


太樹の言葉を聞き、紗耶香は頷き立ち上がった。


「ちょっと・・・立って。」

「ううううやだあ・・・。」


紗耶香はまだ蹲っている順平を起こそうとしたが、頭を抱えて立とうとしなかった。


「ちょっと・・・起きてよ。」


紗耶香が順平の肩を引っ張り、ややイラつきを含んだ言葉を漏らす。


「僕が起こすよ。」


紗耶香が僕の方を見て驚く、二つに分かれた僕の身体が奇麗につながっていたからだ。実際僕もおどろいている。


「順平くん・・・・。」

「うあああああ無理だああああ・・・。」


そう言って動かない順平の首を、僕は後ろから握って締めた。


「・・・・ごめんね。」


順平は僕の手を全力で振り払い、立ち上がって僕を見た。


「ごほ・・・・ごほ、何するんだ!」


順平は驚き、そして怒りの感情を僕に向けた。首を絞められれば当然だ。しかし、順平に構っている暇は無い。


「二人とも逃げて。」


僕は順平を無視して太樹の方を向く、太樹は押し倒した狼男と取っ組み合いになっており、回転するように交互に上に乗り合い、殴り合っていた。


しかし、その殴り合いは、徐々に太樹が優勢になっていった。体格差があるにも関わらず太樹はそれをものともしなかった。体格差があるのにすごいな。


「おらあ・・・・・」


上に乗った太樹は拳を振り下ろし、口角が上がり始めた。


「すごい・・・・。」

「・・・いや。」


自分に来た狼を倒した加奈が、いつの間にか横に来ていた。敵を横取りするのが主義に反するのか、加奈は手を出さずにいた。おそらく、もう勝負は決まっていた。しかし、僕には懸念点があった。


「・・・・。」


僕の懸念は当たった。太樹の拳が途中で止まった。


「・・・・クソ。」


拳を止めた太樹のこめかみに、狼男が剣の塚をぶつけた。太樹は額から血を流し、倒れこんだ。


「パワーブースト。」


ッガ・・・・・・・・


狼男が振り下ろした剣を、加奈が二本の短剣で止めた。加奈の姿が赤く光っていた。


「離れて。」

「がっ・・・・。」


加奈は190センチの太樹を、僕の前に蹴り飛ばした。さっきのスキルはパワーを上げるものだったのか。


「逃げるよ。」

「あ?何で?」

「ここにいたら巻き込まれる。」


太樹は僕と共に走って加奈から距離をとった。加奈は僕達を横眼で確認し、魔法を放つタイミングをうかがっていた。


ガジュ・・・・・・・・・


何かをかじる音が聞こえた。果物のような、中に果汁の詰まったものをかじった音が、僕達の耳に聞こえた。


「な・・・・が・・・。」


狼が加奈の喉に噛みついていた。加奈の首から流れる血が、彼女の身体を赤く染めていった。


「クソ・・・・。」

「だめだ・・・・離れるぞ。」

「何で?」

「・・・・早く。」


その様子を見て助けに入ろうとした太樹を、僕は止めて一緒に逃げるように促した。加奈の目がこちらを見ていたからだ。死ぬ直前まで僕達が逃げるのを見ていた。恐らく加奈は生き返った瞬間に魔法で攻撃する気だった。


ズサッ・・・・・・・


「お前・・・・まさか・・・・。」


加奈のお腹を、狼の黒い剣が貫いた。もう死亡が確定した身体に何故?


「ス・・・・モーク」


加奈が振り絞った声と共に、加奈と狼の周りを煙が覆う。その隙に僕と太樹は、順平と紗耶香が隠れていた岩陰に隠れた。


「何で炎じゃなくて煙なんだ?」

「僕らを巻き込まないためだ・・・それより。」


岩陰から僕は煙の方を覗いた。そこには剣に突き刺され、倒れている加奈の死体があった。心臓を貫かれ、剣が刺さったままだった。


「やばいな・・・助けなけないと。」

「・・・・・いや・・・。」


太樹が再び助けに行くのを止めた僕を、太樹はこちらを向き睨んだ。しかし、僕の顔が曇っているのを見て止まった。


「やばいのは僕達だ。」

「・・・は?何で?」

「そうか・・・・。」


順平が震えた声を出す。太樹と紗耶香が驚き順平の方を見た。


「狙いは・・・僕達。」

「どういうことだ?」

「剣が刺さったままだと生き返れないから、その間に僕達を殺す気なんだと思う。」


加奈がエースだと見破られていた。装備を見てなのか、それとも最初の狼たちで様子見をしたのか・・・なんにせよ。


「僕達だけであいつを倒さなきゃいけない。」


三人に緊張が走る。昨日の戦いも、今日のここまでの戦いも、ほとんどの敵を加奈が倒してくれていた。


「もう・・・無理だ。」


順平は絶望の声を上げ、座り込んでしまった。太樹と鈴音も下を向いていた。


「一応考えがあるんだけど。」


僕の言葉を聞いて、三人の目が僕を向いた。


「あの狼野郎をぶっ倒せるのか?」

「殺せるよ・・・・君が死ぬ気で戦えばね?」


太樹はその言葉を聞いて顔を引きつる。僕はその顔を見て少し笑う。


「大丈夫、僕は確実に死ぬから。」

「おまえ・・・。」


太樹は言葉を詰まらせた。しかし、僕は笑顔をやめなかった。


「分かった・・・死ぬ気で戦う。俺は何をすればいい?」


太樹は覚悟を決めた顔をした。命を懸ける覚悟を・・・でも・・・。


「君はあいつを殺せる?」

「・・・え?」


太樹は驚いていた。自分が殺すということに驚いていた。彼は殺される覚悟はできていたが、殺す覚悟が出来ていない。


「君は何がこわいの?」





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る