六話 死んでも演じる者
「アオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・ン」
黒い狼は大きく遠吠えをした。その音は近所の良く吠える犬の鳴き声とは、全く違った。野生の獣の殺気が、僕達の肌を突き刺した。
「逃げなきゃ・・・。」
「狼から走って逃げきれるかよ。」
紗耶香は怯えて後ろに下がり、太樹は剣を抜き前に立った。その横に僕も並び剣を抜いた。
「全部まとめて倒せるスキルは無いの?」
「ありますけど嫌です。」
「・・・・え?」
僕は加奈の方を驚き見た。僕以外の三人も加奈の方を見て驚いていた。
「大きな技は魔力か体力を使いすぎるんです。最初の敵には使いたくありません。」
そう言った加奈は弓を構えた。引いた矢が光輝く。
「チャージ・ショット。」
放たれた矢は光の線になり、一匹の狼を貫いた。
「スゲー・・・」
「来ますよ。」
残りの5匹が僕達に向かって走ってきた。僕と太樹が構えると、狼達は僕と太樹を無視して通り過ぎた。
「うわああああ。」
「きゃああああ。」
後ろの順平と紗耶香に狼達は向かっていった。逃げようと背中を見せた人を優先して狙ったのか。
加奈には二匹の狼が向かっていっていた。一匹殺したからだろうか?
「クソが・・・斬波!」
太樹は何もない空間に剣を振り払った。その剣の先から光輝く刃が、まるで三日月の様に撃ち出された。太樹がレベルアップで得たスキルだ。
ズバ・・・・・
紗耶香に襲い掛かる狼が、切り裂かれ二つに分かれた。その血しぶきが紗耶香にかかり、全身が真っ赤になる。
「大丈夫か?」
「きゃああ。」
走って近づいた太樹が紗耶香に手を差し出すと、紗耶香は怯えて尻もちをついた。
「・・・・ごめんなさい。」
紗耶香は我に返り太樹に謝ったが、太樹は何も言わなかった。太樹の顔は曇っていた。何かトラウマを思い出しているようだった。
「嫌だああああ、痛い痛い痛いたい。」
順平は狼に襲われ、倒れている。狼を蹴るが、その足を狼の爪や牙が、傷つけていく。順平の腰には剣が無かった。
僕は遠距離攻撃が出来ないので走って順平を助けに向かう。しかし、もう一匹の狼が僕の前に立ちふさがった。
「・・・・邪魔。」
僕は狼に剣を振り下ろした。しかし、狼は軽い動きでそれを躱し、僕に飛び掛かった。
「うお・・・。」
噛みついてきた狼の牙を剣で防ぎ、狼は僕の剣に嚙みついた。甘えてくる犬が身体に飛びついてきた時とは比べ物にならないくらい重かった。
「しかも・・・はや・・・。」
狼を防いだ剣で振り払い、もう一度剣を振り下ろしたが、全く当たらなかった。
「ふう・・・・なるほどね。」
僕は学ランを脱ぎ、その学ランを左腕に巻き付けた。そして、その腕を自分の前に構える。
「よし・・・噛みつけ。」
狼は再び僕に飛びつき、僕の左手に噛みついた。学ランの分厚い布で狼の牙を防ぐ・・・はずだった。
「い・・・って・・・。」
牙が突きささり、その上顎の力で腕が折れそうだった。すぐに剣を突き刺そうとしたが、狼の前足で剣が弾かれた。
「・・・丁度いいや。」
僕は剣を弾かれ、何も持っていない右手を狼に触れた。
「フリーズ」
僕の右手が触れているところから、狼の身体が凍り付き始めた。僕がレベルアップで得たスキルだ。狼は噛みついたまま氷ついた。僕は氷ついた狼を持ち上げ、地面にたたきつけた。
ガシャン・・・・・・
狼はバラバラに砕け散った。少しの疲労感が僕を襲った。魔法を使うとこうなるのか・・・確かに初手で使いたくないな。
「ああああああああああ・・・・・」
順平は足を思いっきり噛まれ、ホラー映画の様に引きずられている。
「クソが・・・・・」
太樹は走って追いかけ、剣を振り上げた。狼は順平を離し、横に飛び剣を躱そうとした。しかし、太樹はそれを目で追っていた。
振り下ろそうろしていた剣を持ち直して横に構え、狼の着地のタイミングに剣を合わせた。
その刃は狼には当たらなかった。狼は着地と同時に後ろに下がり、太樹の剣を躱したのだ。しかし、当たらなかった理由は別にあった。
明らかに太樹の動きが一瞬止まった。紗耶香が目線に入った時だった。
「よいしょ・・・」
僕は背後から狼を斬りつけ、後ろ脚が斬り裂かれた。正面の太樹に気を取られているのと、後ろには反撃が来ないので、余裕をもって当てられた。
「キャン・・・・」
僕は狼の胴体を踏みつけ、地面に押し付ける。横向きに倒れている狼を、背中がわ
から踏みつけているので、狼の牙も爪も届かない。
僕は周りを見る。順平は血が出てる足を抑えて唸っている。そして、紗耶香の方に僕は目を向けた。
「紗耶香さんとどめ刺す?」
「え・・・いや・・・無理。」
紗耶香は首を横に振った。レベルを上げるチャンスだったが、まあいいか。
僕は剣を狼の首に突き刺した。血しぶきが飛び、僕の頬に血がついた。その姿を見て紗耶香は僕に恐怖の顔を浮かべる。
「皆さん大丈夫でしたか。」
残り二体の狼を倒した加奈が、僕達の側にやってきた。僕は自分の頬についた血を手で拭う。その左手には3と書いてあった。
「二匹倒したのにレベル一つしか上がらなかった。」
「レベルは上がるごとに上がりにくくなります。」
なるほど、加奈がレベルを上げるのに時間がかる訳だ。
「かなり倒さないと100までいけないのか。」
「魔物の大きさや強さでレベルの上り方は違いますよ。」
加奈は僕の左腕に目線を落とした。先ほど噛まれたところから血が垂れていた。
「大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫。それより順平君が。」
僕は順平のもとに駆け寄り、傷口をハンカチで抑え止血をした。しかし、ハンカチはあっという間に赤く染まってしまった。
「あなたまた・・・・。」
加奈はため息をついた。ぼくはそれを無視し、来ているシャツを脱ぎ、止血のための包帯替わりにしようとした。
「これ使いますか?」
そう言いて加奈はナイフを差し出した。しかし、そのナイフは僕ではなく、順平に差し出されていた。
「・・・・・え?」
順平はその意味が理解できなかった。自害して傷を治せという意味が。
「必要ない。」
「言いましたよね?足を引っ張ることになると。」
加奈の言葉に順平は顔をしかめる。その顔を見て加奈はため息をついた。
「もしも、あなたが助けたことに、この人が少しでも恩を感じているなら、ナイフを見せた時、死ぬことで傷を治すという選択肢が思い浮かぶハズです。」
「そんな・・・」
「人は放っておくと甘える生き物です。助けられ続けると、それが当たり前になるんです。」
「だからって・・・・。」
「あなたはこの人が100レベルになるまで助ける気ですか?」
加奈は僕を睨む。いつの間にか僕も立ち上がり加奈の目を見ていた。僕は小さく息をのんだ。
「それでも目の前で倒れているなら助けなきゃいけない。」
僕の言葉に加奈は驚きと、怒りと、呆れが混ざったような表情を浮かべ、ため息をつき目をそらした。
「偽善者が・・・。」
「自覚してる。」
加奈は多分、僕の行動が偽物であると解っている。だからこそ彼女は怒っているのだ。助けたいのではなく、助けなきゃいけないという、僕のこの気持ちは、偽善という言葉が気持ちいいほど当てはまっていた。
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