四話 死んでも美味しい物
「一泊一人5コインになります。」
僕と太樹は目を合わせる。僕と太樹の袋の中には合計で12コインしかなかった。太樹と僕は安くならないかと交渉したが、宿の人は首を横に振った。
「どうする?」
「ここより安い宿は無いの?」
「私あまり宿にお金かけないの。」
つまり安いところは無いようだ。12コインでは二人しか泊まれない。
「宿代出してあげましょうか?」
「まじか・・・助かる。」
「でも・・・出すのはあなた達二人分だけです。」
加奈は僕と太樹を指さした。
「どういうことだよ。」
「あなた達二人は見込みがあります。なのでそのお金で武器やごはんを買った方が合理的です。」
「そんな・・・あんまりだ。」
順平の言葉を聞き、加奈は純平を睨みつけた。順平は息を飲み黙る。
「次の戦いであなたが役に立つことを証明できますか?」
「・・・・え?」
「何もしてないのに人の助けを求めるのは傲慢じゃないですか?」
順平は加奈の言葉を聞き下を向いた。僕はその様子を見て加奈の顔を見た。加奈は僕と太樹の返答を待っていた。
「ありがとう。ありがたくコインをもらうよ。」
「お前・・・。」
「君も貰った方がいいよ。」
「誰がもらうかよ。」
太樹は僕を睨み、後ろを向くと次に沙耶香を見た。そして沙耶香に近づいていく。沙耶香は怯え後ろに下がる。
「・・・・ん。」
太樹は沙耶香に何かを握った手を伸ばす。沙耶香は首を傾げ、疑問の顔を浮かべる。
「手を出せ!」
「・・・え?」
「ん!」
「・・・・はい!」
沙耶香は差し出された手に、自分の手を出す。太樹はその手にコインを5枚落とした。沙耶香はコインを見て驚き、太樹の目を見た。しかし、太樹はコインを渡すと沙耶香から目を離した。
「カンタくんかよ。」
「うるせえ、女を外で寝かせられるか。」
太樹の言葉に僕は笑い、加奈の方を向き近付いた。そして両手を出し、手の平を上に向けた。
「こいつがいらないなら僕に10枚くれないかな?」
「・・・え?」
「はあ?」
加奈と太樹は驚いた顔をした。
「どうせ10枚払うつもりなら変わらないだろ?その分僕の装備も強くなるし。」
「・・・意外とがめついんですね。別に構いませんよ?」
加奈は呆れた顔で、僕の手に10枚のコインを落とした。僕はそのコインを握り、純平の前に歩いた。
「はい。僕の盾代!」
「え?」
「・・・は?何のつもりですか?」
この行動に加奈は驚き、僕を睨みつけた。僕はその目を見て笑った。
「装備の強化だよ。」
「装備?」
僕の言葉に反応したのは純平だった。
「明日も僕の盾になってくれるんだよね?」
「盾?何の話?」
「大丈夫だよ。盾になるのは死体になった後だから。」
純平の肩に手を置き、僕は笑顔でその顔を見つめる。僕は目で純平に何も言わないように促す。純平は静かに頷いた。そして僕は純平から目を離し、加奈の方を見た。
「あなた・・・。」
加奈は僕を見て呆れたようにため息をつく。
「かってにしてください。」
「ありがとう。」
僕は呆れた加奈の顔に笑顔を向ける。加奈はその顔を無視し、宿の中に姿を消した。
「はい・・・太樹君。」
僕は太樹にコインを5枚渡した。
「あ?お前それいいのかよ?」
「もともとそれは君がもらった物だ。」
「お前何考えてるかわからない奴だな。」
「・・・・どうした?」
何も言わなくなった僕に気付いた太樹に、僕は気付き少し驚いた。
「いや・・・よく言われる。」
「だろうな。」
僕と太樹が黙ると、他二人も喋れず僕達はしばらくお互いの顔色を窺っていた。
「疲れたから俺は部屋に行くわ。」
沈黙を破ったのは太樹だった。この状況について話したい気持ちもあったが、僕達全員、今は休みたかった。
各自の部屋に僕達は入っていった。部屋の中は質素で、別途と机だけがあった。ベットは奇麗とは言えない布と、その中には藁が詰められていた。
「まあ、仕方ないか。」
この世界の文明レベルで一番安い宿だ。贅沢は言えない。僕はため息をつき、まだこのベット飛び込む勇気がなかった。
ぎゅるるるるる・・・・・
生前の世界も合わせて、今日一日で3回の死を経験したのに、僕のお腹の虫は素直だった。僕はコイン1枚を握りしめて部屋を出た。
「こんばんは。」
「え・・・あ、こんばんは・・・何?」
扉の前には加奈が立っていた。加奈は僕の言葉に少し考え、僕の目を見た。
「ナンパです。」
「え?」
「・・・冗談ですよ。」
顔色一つ変えない彼女の冗談は解りにくかった。人生初ナンパを受けたのかと感じた。
「お腹すきませんか?」
「え?すいたけど。」
「なら一緒にご飯行きますか?おごりますよ。」
加奈はそう言うと外の方を向いた。ついてこいと言うことなのだろう。お金もないし、腹もすいたので僕はついて行った。
「皆は呼ばないの?」
「あなた以外は食欲無いと思いますよ?」
確かに皆は食欲がないと思う。普通はあんな体験すれば食欲がなくなる。
「僕も・・・・」
「あなたは違うでしょ?」
「・・・・え?」
加奈は立ち止まいり、振り返って僕を見た。僕は驚き立ち止まった。
「あなたは私に似てます。」
「・・・君に?」
「命がどうでもいいんですよね?他人も自分も・・・」
加奈の言葉を不快に思ったが、僕は否定できなかった。
「何で皆を気にするフリしてるんですか?」
「フリなんてしてないけど。」
「その考えは足を引っ張りますよ。」
加奈はそう言うと再び外に歩き出した。宿の外に出て少し進むと、屋台が並んでいる通りに出た。夜だが人が多く賑わっていた。
「ここでいいですか?」
一軒の屋台の前で加奈は止まった。そこからは濃厚なスープの匂いがした。
「ラーメン。」
よく食べていたのに死んだからか、それとも世界を移動したからか、この匂いがやたら懐かしく感じた。
「何を頼みますか?」
「おすすめで。」
「カーミヤ二つ。」
「カーミヤ?」
「醤油ラーメンみたいな麺類です。」
香ばしい匂いと、目の前で調理している様子を見て、僕のお腹の虫は鳴り続けた。空腹のあまり厨房を凝視していた。
「・・・・何?」
「やっぱりお腹すいてるんですね?」
加奈は頬杖をついて呟いた。少し声が意地悪になっていた。
「さっきの足を引っ張るていうのは?」
僕は加奈にさっきの話を聞いた。加奈は無表情のままだが、少し間があった。
「私はこの世界に来てから3か月以上戦っています。」
「三か月も・・・一人で?」
「・・・・・。」
加奈は何も言わずに厨房を見ていた。しかし、目には違うものが写っているように見えた。
僕達の前にラーメン、カーミヤが置かれた。茶色のスープと、色とりどりの具材が麺の上に置かれていた。僕は加奈の顔を窺う、加奈は仕草で僕に食べるよう勧めた。
「うまいな。」
「・・・・フフ。」
僕は驚き口に運ぼうとした箸を止め、加奈の顔を見た。それに気づいた加奈はすぐに無表情に戻り、首を傾げた。
「何ですか?」
「笑うんだなと思って。」
加奈は何も言わずに、ため息をついた。
「さっきの話しですが、誰かを助けようとするのをやめた方がいいですよ。」
「何で?」
「無駄だからです。死ぬ人間は助けても死にます。それどころか助けようとして、あなたが命を失うこともあります。なら、関わらない方がいいです。」
僕は箸を器に置いた。スープを静かに眺める。加奈の話に納得してしまっている。彼らとは今日会ったばかりの他人で、今僕の状況は他人を助けられるほど余裕がない。
それでも彼らを助けようとしたのは、助けたかったからじゃない。見捨てるが恐かったのだと自分でも理解している。だから加奈の話に納得してしまった。
あなたは私に似ている・・・
「似ていないよ僕と君は。」
「それはあなたと私が違うと言うことですか?」
「違う・・・君が僕とは違うんだ。」
僕はラーメンを食べきると、スープまですべて飲み干した。そして手を合わせる。
「ご馳走様。」
「早いですね。」
僕は立ち上がり加奈を見る。加奈の前のカーミヤはまだ少し残っていた。
「ありがとう、おいしかったよ。疲れたから僕は帰るよ。」
僕はそのまま店を出ようとした。後ろで立ち上がる音がした。
「あの・・・どういう意味ですか?」
立ち上がった加奈は、首を傾げていた。店の外から冷たい風を感じる。
「僕が彼らを助けようとした理由と、君が僕にラーメンを奢った理由は違うんだよ。」
加奈は更に疑問の顔を浮かべる。僕は気にせずに店を出た。
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