三話 死んでも奇麗な物

 「大丈夫ですか?」


またこの始まりか。僕が目を開くと、そこには僕を見下ろす加奈がいた。今回は加奈か、膝枕ではなく目の前でしゃがんで、僕の顔を覗き込んでいた。これはこれで・・・


「無茶しますね、初めてなのに。」


加奈は僕に手を差し伸べ、僕はそれを掴み立ち上がった。周りを確認すると、大猿が横たわっていた。


「他に敵は?」

「居ません、今回はこれで全部みたいです。」

「どうやって戻るの?」

「ここのエリアにまだ敵がいないか、セリアが確認してから転送されます、5分ぐらいですかね。」


加奈と大猿の死体に気を取られ、皆の様子を確認できていなかった。順平は矢が刺さって転がり、他の二人は岩陰で見えなかった。


僕らが最初に隠れていた岩陰に向かうと、そこには怯え座りこむ、紗耶香の姿があった。


ガッ・・・ガッ・・・ガッ・・・


何かと何かがぶつかる音が、紗耶香が見つめる先から聞こえた。顔の原型がなくなった猿を、殴り続ける太樹の姿があった。その口元には少しの笑みがあった。


「もう死んでる。」


僕は太樹の左手の拳を止めた。左手には2と刻まれていた。太樹もレベルが一つ上がったようだ。


「っつ・・・・」


太樹は僕を見ると、始めは睨んだが、僕の顔を見て太樹の顔が冷静になる。手が震えていた。


「大丈夫か?」

「・・・別に、何ともねえ。」


僕がつかんでいた手を振りほどき、立ち上がろうとした太樹の動きが止まった。何かを見て動きを止めた。


太樹の目線の先には、怯える沙耶香が座り込んでいた。太樹はその顔を見て、顔をしかめて目をそらした。


「本当に大丈夫か?」

「平気だ、つってんだろ。」


太樹はため息交じりにそう言い、膝に手をつき立ち上がった。


「・・・何だ?」


膝に置いた太樹の手が消えていることに、僕と太樹はその時気付いた。その光は手だけでなく、太樹全身を包み、振り返ると加奈と紗耶香も光っていた。そして、その光は僕も包んでいた。


「転送魔法です。安心してください。」

「帰れるのか?」

「今から教会に帰れます。」


その言葉のあと、僕の目の前は光で何も見えなくなった。死んだ時の暗闇とは逆に感じた。


「お帰りなさい、勇者諸君。」


目の前にはニコニコのセリアの姿があった。


「いやー、初陣で全員生き残るのは久しぶりだね、しかも二人は魔物を倒すとは、先が楽しみだね紗耶香ちゃん。」

「そうですね。」

「・・・・・。」


紗耶香の答えにセリアが黙り、ニッコリとしたまま固まる。


「何ですか?」

「珍しく素直だと思って。」

「・・・帰る。」

「もーう、照れないで、報酬ほしいでしょ?」

「・・・・。」


セリアの言葉に加奈は黙る。その加奈の様子を見てセリアは再び笑い、僕と太樹の方を向き、こっちに来るように手で招く。僕と太樹は目を合わせ、お互い頷きセリアの前に立った。


「手を出して。」

「・・・・・。」


セリアは僕らにジェスチャーし、僕らはその通りに手を出した。何か物乞いみたいな気分になった。その手の上に小袋が置かれた。その中にはコインが置かれていた。加奈は3倍くらいのお金を受け取っていた。


「お金・・・・僕たちだけ?」

「そうだけど?」

「参加料みたいな。」

「ないよ。魔物を殺さないと僕たちからお金はもらえない。ちなみに、この世界は君たちの世界と同じで、お金がないと飲食住は保証されないよ。」


順平と紗耶香の顔に冷や汗が流れる。


「そ・・・そんな僕たちはどうしたら。」

「知らないよ、野宿でもすれば?何で仕事をしてない君に僕たちがお金出さなきゃいけないんだよ。」

「仕事・・・て。ひどいじゃないか。」

「ひどくないよ、金がなければ暮らせない、仕事をしないとお金はもらえない、当たり前、引きこもりの君には難しいかな?」


思わず口を開いてしまった順平は、セリアの言葉に黙ってしまった。


「最悪3回は餓死できるからね、君は後二回か、死に方間抜けだったね。」

「この・・・。」


見た目がおとなしそうな順平が、さすがに怒りの表情を浮かべる。しかし、太樹の顔を見て動きを止めた。あまり突っかかると殺されると思ったのだろう。


「さて、君たちにはもう一つあげる。」


セリアは僕と太樹を再び見て、僕たちの頭の上に手をかざした。さすがに僕も殺されると焦ったが、セリアの雰囲気から殺す気がないと感じた。


「君たちにはスキルをあげる。」

「スキル?」

「武術か魔術のどちらか、通常なら数十年かかる技をソウルイーターの効果で、レベル一つ上がるごとに、君たちは一つ覚えることが出来る。」


僕たちの頭に光が落ちる。記憶よりも経験に近い情報が、僕の頭の中と体に流れ込んできた。あまりの情報量に僕は尻もちをつく、隣を見ると太樹も同じ状態になっていた。


「これは・・・。」

「君たちが覚えた技を開発した人達の魂、それが君たちに流れ込んだ。技を覚えただけで、それ以外は何も変わらないけどね。」


僕は自分の手を見た。自分の手に感じなかった。


「それでは、これにて今日は終わり、解散。明日また転送するから。後は加奈ちゃんよろしく。」

「・・・・。」


そう言ったセリアの姿が消えた。僕たちは、嵐が去ったように静かになった。


「あの・・・。」


僕の言葉よりも早く、加奈はこの場を後にしようとした。


「ちょっと待て。」


太樹が加奈の腕を掴もうとしたが、掴む前に加奈は振り向いた。その時・・・


ガッ・・・・・


鉄と鉄がぶつかる音がした。その音は剣がぶつかった音だった。振り向きざまに加奈が太樹に剣を振り、太樹がそれを自分の剣で受け止めた。太樹と僕たちの顔は驚き、加奈は顔色一つ変えていなかった。


「・・・やりますね。」

「何しやがる。」

「剣を抜いた状態で、私の間合いに入らないでください。」


太樹は自分が持っている剣を見て、その剣を鞘に納めた。しかし、それでも加奈の行動に納得できず、太樹は加奈を睨みつける。


「何ですか?」

「いや、なんか説明してくれよ?」

「何の説明ですか?」

「それは・・・。」


太樹は黙り込んだ。何を聞きたいのか、聞きたいことが多くて何から聞けばいいか分からないのだろう。ここにきてから僕たちは分からないことだらけだ。


「今から僕たちはどうしたらいい?」


何の説明にしろ、色々説明されても今は頭が混乱するだけだ。とりあえず目先の、これからよりも今の事だ。


「私はこれから宿に泊まります。」

「・・・・。」


そう言った加奈は、振り返り出口に向かおうとした。僕は再び加奈の足を止めようとしたが、加奈が僕たちをチラチラと見ていた。


「そっか、僕たちもついて行っていいかな?」

「ナンパみたいですね・・・ご勝手にどうぞ。」

「ありがとう。」


僕は加奈の後をついていこうとしたが、後ろを振り向くと紗耶香が膝をつき動けないでいた。


「あの・・・」


恐怖で動けなくなっているのは一目でわかった。それを見た太樹が近づこうとしたが、足を止めて自分の拳を見た。そして僕の方を見た。


「お前、手を引いてやれ。」

「え・・・・僕?」


太樹の言葉に僕は自分に指をさした。確かにこの子をここにおいてく訳にはいかないが、何故僕が?


「この眼鏡はあいつを突き飛ばしてるし、俺は見ればわかるだろ。お前が適任だ。」

「いや、俺はあの時必死で・・・。」

「うるせえ・・・次やったら俺がお前を殺す。」


順平を太樹が睨みつけ、太樹は息をのみ後ろに下がる。僕はため息をつき、紗耶香の方に向かった。


「大丈夫?」

「ごめん、足がすくんじゃって。」


紗耶香が僕を見上げ、少しホッとした顔をした。僕は手を刺し伸ばし、彼女は僕の手をつかんだ。紗耶香は何かを疑問に思う顔をした。


「君は恐くないの?」

「え・・・・・?」


僕の手が全く震えていないことに、紗耶香は驚いていたようだ。逆に彼女のては、震えているだけでなく、すごく冷たくなっていた。


「普通に怖いよ?」

「私は恐いよ。すごく恐い。情けないかな。」

「そんなことないけど。」


僕は紗耶香の手を引き、紗耶香は立ち上がった。まだ膝が震えているのが見えた。


「大丈夫だよ。一緒なら一人よりも恐くない。」


僕は笑いながら紗耶香を見つめた。紗耶香は僕の目を見て少し笑った。


「君は優しいね。それに・・・。」


紗耶香は何かを言いかけ、僕から目をそらした。


「やっぱり何でもない。」


紗耶香は僕がつかんでいる手の手首を、もう片方の手でつかんだ。何かを抑えるように。


僕は言葉の続きを聞きたかったが、紗耶香の様子も状況も聞ける状態ではないと感じ、紗耶香の手を引いた。


「行こうか。」

「・・・・ありがとう。やっぱり優しいよ。」


紗耶香の小さな言葉を僕は聞こえていたが、僕は聞こえないふりをしてみんなの後を追った。


教会の出口を出ると、外で待機と順平が足を止めていた。僕と紗耶香も外に出るが、僕たちの足も止まった。


「すごい・・・。」

「きれい・・・・。」


目の前にはヨーロッパの様な建物が、まるで雪で出来たような白さで並び建っていて、それを囲う海が見えた。僕たちはこの町の一番高い位置にいるようで、街並渡すことが出来た。


空には月が二つ浮かび、片方が青く、もう片方は緑色だった。白色の町にそれが反射し、町と海がエメラルド色に輝く。


いくら死んでも。奇麗な物は奇麗だった。

































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