二話 死んでも平気な者

 「・・・・大丈夫?」


目を開くと目の前には紗耶香がいた。これは膝枕か、人生初の膝枕だ。死んだ後なので今が人生と言えるか怪しいが、少し幸せな気持ちになった。


「いったい何が・・・。」


僕は視線を横に落とすと、血に染まった矢が落ちていた。そうか僕は弓矢で頭を打ち抜かれたのか、僕は右手の甲を見ると数字が2になっていた。


「・・・・一機減ったか。」


僕は起き上がり周りを見た。順平は怯え、頭を抑えながら地に伏せている。太樹は僕たちの隠れている岩影から、身を隠しながら外の様子を見ていた。その様子を見て自分のいる場所が、最初に来た場所と違うことに気付いた。


「僕が死んでからどれくらいたった?」

「5分ぐらい・・・それを抜いたら傷が治って。」


紗耶香は床に落ちている矢を指さした。なるほど、傷が治せる状態じゃないと生き返れないのか、太樹が生き返るのを見て、死んでからすぐに生き返るものと思っていた。


「僕はどうやってここまで?」

「俺が運んだ。お前が矢に撃たれた後にあの女がここで隠れろってよ。お前以外は誰も死んでねえ。」

「そうか、ありがとう。加奈さんは?」


僕が太樹に尋ねると、太樹が親指を自分の見ている方向にさした。僕はその指の先を見た。


「あれが魔物か・・・」


人間の子供ほどのサイズの猿が、剣や盾を持っていた。ただの猿ではなく、毛が黒く、薄っすらと模様の様なものが見える。その猿たちは20体ほどいるようだったが、その猿たちを加奈は剣で切り裂いていく。しかし、加奈は猿たちに取り囲まれた。


「大丈夫なのか?あれ・・・。」

「やばいかもな・・・。さっきから逃げ回りながら猿を殺してたけど、あれだけ囲まれたら。」

「助けに行かなきゃ・・・。」


岩陰から出ようとした僕を太樹は止めた。


「待てよ俺達が行ってどうする?」

「分からないけど、普通は助けるだろ?」

「はあ?普通てお前・・・。」


その言葉を遮ったのは、凄まじい光と熱気だった。


「うお!」

「あ・・・っつ!」


僕と太樹の目の前には、炎が竜巻の様に加奈の周りをまわり、加奈を囲んでいた。猿たちが焼き尽くされていく。猿たちを一網打尽にするためにわざと囲まれたのか。


「ま・・・・じかよ。」

「すごい。」


加奈の周りが焼野原になり、元は猿であったであろう灰が辺りに散らばっていた。その様子を見て僕と太樹は唖然とし、順平は顔を上げて目を輝かせていた。


「ありがとう・・・止めてくれて。」

「お?・・ああ、死ぬとこだったな。」


僕と太樹がぎこちない会話をしていた時だった。加奈はまだ息のある黒焦げの猿に、とどめを刺そうとした時、大きな黒い何かが上から降ってきた。


「上!」


僕が叫ぶと加奈はそれに気づき、転がるようにその黒い大きな何かを避けた。それはまだ息があった猿を踏み潰した。


「うおおおお・・・・何だあれ!?」


その正体は3メートル以上の大きさの黒い猿、もはや猿といっていいか分からない大猿だった。


「ぐっ・・・」


短いうめき声とともに、加奈は吹き飛ばされ、洞窟の壁にぶつかり、壁に血が飛び散った。


「大丈夫か!」

「おいおい!やばいだろ。」


僕と太樹が助けに、助けられるかは別として、加奈に駆け寄ろうとした。


「うあああああ!」

「きゃあ!」


しかし、後ろから順平の声がし、後ろを向くと、そこには黒い猿がいた。加奈が倒していた猿とは違い、背丈が僕と同じくらいの猿がそこに立っていた。その猿を見るや、順平は隣にいた紗耶香を突き倒し逃げ出した。


「おい!眼鏡、何してやがる!」

「いやだああああああ・・・うっ・・・」


逃げながら叫ぶ順平は、弓矢で頭を打ち抜かれた。


「次から次へと・・・。」

「まだ弓矢の敵は倒されてなかったのか・・・。」


加奈は傷が治り、立ち上がっていた。何機あるかは分からないが、まだ残っていて良かった。紗耶香の方は腰をぬかし、逃げれずにいた。僕と太樹は目を合わせた。


「弓矢は僕が何とかする。」

「なら、あっちの猿は任せろ。」


僕と太樹は剣を抜き、別々の方向へ走り出す。僕は死んでいる順平へ、太樹は紗耶香に向かい走りだした。


「おら!」


太樹は紗耶香に襲い掛かる猿に斬りかかった。猿は剣で受け止めるが、190センチの巨漢の太樹の剣を受け、後ろに吹き飛んだ。


「大丈夫か?」

「ありが・・・・いや!」


助けに来た太樹を見て紗耶香は安心したが、スカートで何かを隠そうとした。それを見て太樹は気まずそうな顔をしていた。パンツでも見えたか羨ましい。


僕は順平の死体の側に着いた。順平の頭に刺さっている矢を確認し、弓矢を撃ってきたのが正面と確認した。


トッ・・・・・


何かが軽く刺さるような音がした。その音の正体が、刺さった場所から赤い血が流れ、矢だったとわかる。


矢は順平の死体に刺さっていた。


矢を抜かなければ傷が治らず、生き返らない。僕は順平を文字通り肉壁にした。君も紗耶香さんを盾にしたのだから、いいよね?


「軽いな。」


僕は順平を持ち上げ、矢が飛んできた方向に走りだした。順平の腕の間から敵の位置を確認する。


「思ったより近いな。」


弓矢の敵とは距離が10メートルほどしかなかった。隠れていたからもっと遠くにいるものだと考えていたが、冷静に考えたら頭を適切に弓矢で打ち抜くのだから、そのくらいか。


トッ・・・・トッ・・


順平に更に矢が刺さる。しかし、確実に距離は埋まった。僕は順平を横に捨てると、弓を構えていた猿に剣を投げつけた。さすがに順平は重さ的に投げれなかった。


「ギャウ・・・。」


猿はその剣を躱し、腰にある自分の剣を抜いた。僕は順平の持っていた剣を拾った。


安心した、こちらの猿は加奈が最初に倒していた小さい猿だ。大柄な猿なら僕では厳しいと思っていた。かと言って小さいから楽かは分からない。


「ガア!」


猿が飛びかかり斬りかかってきた。早い、僕は何とかそれを剣で防いだ。早いが、やはり力はあまりない。僕は猿を弾き返し、一太刀入れた。しかし、その刃は骨どころか肉を断ててもいなく、表面だけを斬っていた。


「そういえば、剣は引かなきゃいけないんだっけ?」


僕はぶつぶつと呟きながら、剣を素振りした。一朝一夜どころか、一回で出来る訳が無いか。僕は素振りを止めた。斬りつけるよりも確実にいこうと考えた。


「ガ・・・ウウ・・・」


傷を痛がる猿を、僕は蹴り倒した。そして、動けないように上に乗り、剣の先を猿の首元向けた。


「ごめんね。」


僕は剣を猿の首に突き刺した。首から出た血が、僕の顔にかかり、僕はそれを手で拭った。その手は一切震えてはいなかった。


その手の甲を見ると、レベルが2に上がっていた。


僕は初めて命を奪った。今まで虫などを殺したことはあるが、何かこう、意識してちゃんと命を奪ったのは、殺そうと思って殺したのは、初めてな気がした。


「思ったより平気だな。」


僕は小さな声でつぶやいた。


「きゃあああああ!」


その悲鳴を聞いて紗耶香の方を見た。肩を斬り裂かれ、蹲っている太樹の姿がそこにはあった。太樹を斬った猿は、蹲る太樹を無視し、紗耶香の方を向いた。


「くっ・・・」


僕はそれを見て走って戻ろうとしたが、僕の周りに猿が三匹現れた。これでは助けに行けない。


「やめろ!」


そう叫ぶ太樹の声もむなしく、紗耶香は切り裂かれ、血を流し倒れた。恐らく死んだ紗耶香の上にまたがり、猿は剣を突き立てた。


傷が治るのを待っているんだ。生き返った瞬間に殺すために。


「いやああああああ!」


生き返った紗耶香は叫び、ポケットからカッターを取り出し、猿の足に突き刺した。


「ガアアアアアアア」

「ああああああああ!」


猿の叫び声と、太樹の叫び声が重なる。太樹は猿に飛び掛かり、馬乗りで猿の頭を殴りつける。何度も、何度も、何度も太樹は猿を殴りつける。拳を振り下ろす太樹の顔は、少し笑っているように見えた。


「くそが・・・触んな・・・おら・・おら。」


叫びながら太樹は殴り続け、猿の指先が痙攣し始めた。


「すげ・・・。」


僕は呟くと、前にいる三匹の猿を見た。さて、一対一なら先ほどのやり方でいいが、三匹となると難しい。僕は右の手の甲を確認した。


「一機増えてるな。」


レベルが上がり、残機も3に増えていた。


僕は三匹のうちの一匹に斬りかかり、逃げた。ヒットアンドアウェイで逃げ続けた。三匹が他に行かないように、ひきつけながら逃げた。その行先は、加奈が相手している大猿だった。


「君、何してるんですか?」


近づいてきた僕に気付き、加奈は驚いた。


「僕が隙を作る。それで倒せるなら倒してくれ。」


そう言った僕は、大猿に向かって走った。大猿はそれに気づき、腕を振り上げた。この大猿は頭が悪いかは分からないが、仲間意識は無い。最初現れた時に、まだ息のある仲間を踏み潰していた。


「ハハ・・・躱せねえ・・。」


僕は引きつけた猿と共に、叩き潰された。そして、その一瞬の隙を加奈は見逃さなかった。叩き潰され残った首から、光る弓を構える加奈が見えた。


僕は三回目の死を経験した。死んだ回数を数えるのが、少し面倒になった。

















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