第7話
5日間の休みが終わり、クラスメイトたちは気だるげに登校してきた。学校中がなんだかやる気がなさそうな雰囲気なのに対して、俺は昼休みになるまで落ち着かなかった。何よりこの数日間、ずっと気が気じゃなかったのだ。
4限目の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に席を立つ。ガタンと派手な音を立てて立ち上がったせいで、隣の生徒が驚いてこちらを見上げた。けれど俺には、そんなことを気にする余裕がない。
だらだらと教室から出てくる生徒たちの波をかき分けて、階段を駆け上る。学食に向かおうとしていたらしい上級生から舌打ちをされた。
いつもの教室の扉に手をかける。鍵はかかっていない。がらりと開いたその扉の先に、ミランダはいなかった。
「……ミランダ」
教室に、俺の声だけが零れ落ちる。途端に足元がふらついて、近くの壁に寄り掛かった。5日間何度も想像した、1番見たくなかった光景が、目の前にある。
せっかく手に入れたい場所を失ってしまった。それと同時に、俺はミランダの居場所も奪ってしまったのだ。気を抜くと泣いてしまいそうだった。
「春?」
絶望していた俺の背後から、聞きなれた、鈴のような声が聞こえてくる。バッと振り向けば、そこにはミランダが立っていた。
「はやいね?」
彼女はいつも通り無表情に、俺の隣をすり抜けて、いつもの席へと座る。それから入口に立ったままの俺に視線を向けて、座らないの?とでも言いたそうに首を傾げた。
「もう、来ないかと思ってた」
俺が恐る恐るそう言うと、ミランダはほんの少し眉を下げて笑う。
「来るよ。ここしかいるところないし」
そうつぶやく彼女の横顔に、一瞬心がちくりと痛む。けれどミランダがまたここに来てくれたのだ、それだけでいい。あのときの彼女のいたたまれなさに比べたら、俺の寂しがる気持ちなんて無視してしまった方がいいのだ。
「あのさ、こないだはごめんな」
「いいよ、気にしないで。というか、気を使わせてしまってごめんね」
ミランダはそう言うが、俺に気にさせまいといつもより表情を作っているのが苦しかった。彼女はそう言って笑うことで、俺にこれ以上踏み込ませないようにしてくる。
「なんかあったら、聞くから」
俺がそう言えば、ミランダはきゅっと眉をひそめる。お前なんかに何がわかるのだと、責められたような気がした。被害妄想なのは、わかっている。けれど、ミランダが何も話してくれないことがつらかった。
「大丈夫、ありがとう」
ミランダは下手くそな笑みを浮かべたまま、いつも通り菓子パンの袋を開ける。この話はここまでだと言わんばかりに。
俺もそれ以上は何も聞けなくて、しょうがないから弁当を食べようと着席した時に、手に何も持っていないことに気が付いた。
「弁当、教室に忘れてきた……」
俺が呆然とつぶやけば、黙々とパンを頬張っていたミランダはふっと吹き出した。
「お昼食べに来てるのに、忘れることある?」
そう言って肩を揺らす彼女の笑顔は自然で、俺はほっとする。よかった、彼女はまだ笑ってくれている。
「なんか、焦ってたのかも。取ってくる」
俺は立ち上がって、教室を出る。廊下の喧騒はいくらか落ち着いていて、教室からは楽しそうな笑い声が漏れていた。
自分の教室へ戻る途中、見覚えのある女生徒たちとすれ違った。同じクラスの女子ではない。さすがに自分のクラスメイトの顔くらいはわかる。
そうだ、ミランダの教室で見た女子だ。彼女たちは俺と目が合うと、一斉に顔を合わせてひそひそと笑った。俺にはバレていないと思っているのか、それともバレてもどうでもいいと思っているのか。
気分が悪い。こんなやつらがミランダの表情を曇らせているのかと思うと余計だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます