第3話

 そこにいたのは随分と身長の高い女生徒だった。こちらに背を向けて、窓の外を眺めている。俺が教室に入ってきたことには気が付いていないみたいだった。


 先客がいるなら退散しようかと思いながらも、壁に設置された時計を見るともう昼休みが20分しかない。断りを入れてここで弁当を食べようか迷っているうちに隣にあった机にぶつかった。静かな教室にガタンと派手な音が響き、驚いたように肩を揺らした彼女がこちらを振り向く。


 その瞬間、息をのんだ。彼女の顔つきはハーフなのか、それとも元からそういう顔なだけなのか、日本人離れした顔つきをしている。肌の色は白く、髪は茶色で瞳の色も薄い。まつ毛の長い子だな、とやや離れた距離にいながらも思った。


 振り向いてわかったが、彼女はやけに奇抜な髪形をしていた。茶色いそれは右側が肩よりも長く、左側は耳のあたりで切りそろえられている。アシンメトリーとでもいうのか、最近の女子高生にはこういう髪型が流行っているのだろうか。


 彼女はこげ茶色の大きな瞳を瞬かせ、じっとこちらを見つめている。俺は言葉に詰まりながらも、右手に持っていた弁当箱を胸元に掲げた。



「ここで、弁当食っても、いい?」



 授業中以外に誰かと会話をするのは久しぶりだった。声が裏返りそうなのを必死に抑え、下手くそな笑顔を作る。彼女はちらりと弁当箱に視線を向ける。



「私の教室じゃないから、好きにして」



 鈴の音が鳴るような、凛とした声だった。彼女はそう言うと、またこちらに背を向けて窓のへりに寄り掛かる。


 同じ教室内にいるのにわざわざ離れるのもな、いや近づかれると迷惑か、とかいろいろと考えながら窓辺から2列ほど離れた席に着く。この教室は使われていないのか、掃除前のように椅子が机の上にのせられていた。


 斜め前の席の椅子が下ろされている。彼女はおそらくあそこを使っていたのだろう。弁当箱を開けて、黙々と口の中に入れる。母さんの作る卵焼きは、今日も少ししょっぱい。


 女生徒は俺なんて見えていないみたいに窓の外を眺めている。何か面白いものでもあるのかと俺も視線を向けて見たが、席に座っている状態だと向かいにある中等部の校舎しか見えなかった。



「なんか見えんの?」



「……ううん、別に」



 俺が聞いても、彼女はこちらを見向きもせず、ぶっきらぼうにそう返すだけだった。そもそもなんで彼女はこんな教室に1人でいるのだろう。もしかしたら俺と同じように編入生で、教室に居場所がないのかもしれない。


 それに、彼女は俺の容姿や声に特別驚いている様子がなかった。興味がないの間違いかもしれないけれど。もしかしたら、俺のことすら知らないのかもしれない。


 そこで俺はハッとする。もしかして彼女は上級生なんじゃないだろうか。そもそもここは3年生の多い階だし、そう考えるのが妥当だろう。そんなことも思いつかず、ついうっかりタメ口で話してしまった。それで機嫌を損ねてしまったのだろうか。思えば、目立ちそうな容姿なのに廊下で彼女を見かけた覚えはない。


 やってしまった、と思うと同時に冷や汗が背中を伝う。ひとまず確認だけしておこう。それで上級生だったら、素直に謝ろう。



「あ、あの……何年生、ですか?」



「1年だけど」



  彼女はちらりとこちらを見て返答する。俺はほっと胸を撫でおろした。質問にも答えてくれるあたり、彼女は不機嫌なのではなくてああいう性格なのだろう。


 けれどそれ以上会話は続かず、俺が弁当を食べ終わると同時に予鈴が鳴った。彼女は窓辺から離れて、教室を出て行こうとする。俺はふたを閉めるのも忘れて、彼女を呼び止めた。



「あ、あのさ! 明日の昼も、ここにいる?」



 彼女は足を止めて、こちらを振り向いた。



「空いてたらね」



「また来ていい?」



 そう言うと、彼女は初めて笑顔を見せた。



「私の教室じゃないから、好きにしたら」



 けれどその笑みはすぐに消え、俺の返答も待たずに教室を出て行ってしまう。俺は弁当を片づけて慌てて彼女の背中を追いかけたが、廊下にもう彼女の姿はなかった。


 そういえば、名前を聞きそびれてしまった。明日も会えたらそこで聞こう。


 毎日憂鬱だった学校を、ほんの少し楽しみにしている自分がいた。

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