第2話

 すでに面識のある彼らの情報伝達はたいへんに素早い。入学して1週間も経たないうちに、俺は廊下を歩くだけで注目されるようになった。まるで有名人になったみたいだ、と自嘲気味にため息をつく。


 標準服としての制服はあるが、基本何を着てもいいという校則があるにもかかわらず、私服を着てくる人間は案外少なかった。上級生は制服と私服を合わせたり、上から下までラフな格好で来ていたりするが、1年生は周りを伺うように制服を着ている。


 制服はブレザーで、上下の組み合わせは自由だ。スラックスを履き、ネクタイをしている女子も多く見かける。


 ただ俺のように、スカートを履く男子生徒は今のところ見つかっていない。


 そのせいなのか、それとも単純に俺が編入生だからなじめないのか、クラスでは当然のように浮いていた。クラスメイトはほとんど一緒とはいえ、高校生になったという不安からかすでにあるグループを変えようとはしない。ましてこんな女装男を入れようと思うグループなんて。


 本格的に授業が始まるまでの数日間は良かった。大体よくわからないレクリエーションや教科書の配布に費やされ、午前中で帰宅することができる。しかし1週間も経てば授業が始まり、席でぽつんと過ごす時間が増えた。


 授業中はなんとかやり過ごせた。ペアを組んで何かしろと言われても、友人と席の遠いやつや、3人グループであぶれた1人を捕まえてどうにかできる。やつもその瞬間だけは、俺みたいなやつにでも誘われて救われたと思っていそうだった。


 問題は昼休みだ。別に自分の席で1人で食べてもいいのだけれど、周りが友人たちと机をつけてわいわい会話しながら食事をしているのを横目に、黙々と弁当を食べていると何の味もしない。1人でいると周りの会話がやけに耳に入ってくるから余計だ。


 最初のころは大急ぎで昼食を腹に詰め込んで、逃げるように教室を飛び出し図書室や校内をうろうろしていた。けれどそんな姿をクラスメイトにちらりと見られているのがわかって、それもできなくなった。教室を出た後にいつもより声を潜めて俺のことを笑う彼らの姿がやけにリアルに浮かぶからだ。


 今日はお弁当箱を持って教室の外に出る。どこに行くんだとでも言いたげなクラスメイトの視線を背中に感じた。


 廊下は授業を終えた後に学食に向かう生徒や、体育から戻ってきた学生達でごった返していた。俺は弁当箱を胸に抱えるようにして、1番近くの階段へ早足で向かう。春休みの間に伸ばした髪が首元をくすぐった。まだ履き慣れないスカートを腕でほんの少し押さえながら階段を上る。中を見られたくないというよりも、足のまわりをふわふわと動く裾に違和感があるのだ。


 上級生たちの多い2階にくると少しホッとした。人は下と変わらず多いが、俺のことを知っている人間が少ない。その代わり、知っているやつは俺を見かけるとからかうような言葉をかけてくることが多かった。そんな輩に見つからないよう、また逃げるように階段を上る。


 3階まで上がると、ざわめきが随分と大人しくなった。3年生が落ち着いているというのもあるが、特別教室が多い階なのだ。昼休みはほとんど使われていないから、どこよりも静かだ。


 自分の上履きが廊下を叩く音もよく響く。何も悪いことはしていないのに静けさも相まって、なんだか咎められているような気分だった。


 ここまで逃げてきたはいいけれど、どの教室も開いていない。当然だ、授業が終わったのだから施錠してあるに決まっている。特別教室の扉を片っ端から引いてみたけれど、すべて鍵がかかっていた。


 30分ほど1人で周りを気にせず昼飯を食べる時間が欲しいだけなのに、どこにもそのための空間がない。廊下の端まで行くと屋上に続く短い階段があって、もしやと思い扉に手をかけたがやはり鍵がかかっている。屋上が逃げ場所になるなんて、やはり漫画の中だけの話みたいだ。そもそも屋上が解放されていたらそれこそ生徒でごった返しているだろう。


 人も来ないし、もういっそこの階段に座って食べようかと悩んでいると、隣の教室の扉がわずかに空いているのが目に入った。屋上の階段に気が付いたせいで確かめなかった教室だ。


 扉の上にあるプレートには何も書かれていない。空き教室なのだろうか。それとも先生が一時的に利用しているのか。


 誰もいませんように、と祈りながら扉を引く。しかしそんな祈りも虚しく、俺の目には窓辺に寄り掛かる先客の姿が映った。

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