春とミランダ

阿良々木与太

第1話

 窓の外に目を向けると、桜の花がひらひらとグラウンドに舞い落ちているのが見えた。入学式を終え、まるで自分の役目はここまでだとばかりに花びらを散らしている。俺は段々風情のない姿になっていく桜をじっと見つめていた。


 入学式とは言ったが、このクラスにいるほとんどの人間が中学からの持ち上がりで入ってきている。なので入学式の雰囲気もどことなくだれていて、形式だけのものだった。俺はこの春から高等部に編入してきたので、本当に入学式だったのだけれど。


 そのせいか、クラスにはすでにグループができている。そんなことは覚悟して入ってきたはずだけれど、想像よりも雰囲気が出来上がっていて、なんだか肩身が狭かった。ぎゅっと制服の袖を握って、全然気にしていませんよという風に窓の外を見続けているのだ。


 クラスメイトは見知った仲間たちと顔を近づけて楽し気に会話をしている。近くにいた女子のグループから、「あの子、編入生かな」と話すのが聞こえてきた。彼女たちに混ざりたいわけではない俺は、聞こえてないふりをして視線を窓の外から外さない。だんだんと首が痛くなってきた。


 騒がしい教室内が突然静かになったのは、担任と思われる女教師が入ってきたからだ。黒いパンツスーツに身を包んだ彼女は、カツカツとヒールを鳴らして教壇に立つ。



「えーっと、委員長は、いないんだ。じゃあ新井さん、号令かけて」



 新井と呼ばれた彼女は慣れているのか、はい、と返事をすると澄んだ声で号令をかけた。バラバラと立ち上がり、軽く礼をしてまた着席する。教室のそこかしこから、くすくすと笑いあう声が聞こえた。



「ほら、一応高校生になったんだからしゃきっとする! メンバーがあんまり変わらなくて、中学生気分が抜けないのはわかるけどね」



 そう言って女教師はへらりと笑った。彼女は中等部から生徒たちを面識があったのか、どこか馴れ馴れしい態度をとっていた。さすがに中等部と高等部では教師くらい違うだろうと思っていたのにこれだ。疎外感が増してしまい、周りにバレないようにため息をつく。



「じゃあ改めて! このクラスを担任します、松原京子です。これから1年間よろしくね」



 教師が黒板に名前を書いてそう言うと、パラパラと拍手の音が響いた。お調子者の男子生徒なんかは、京子ちゃーん!とふざけて名前を叫んでいる。そんなことを言う男子にも、それを見て笑っているクラスメイトにも寒気がして、ますますこのクラスが嫌になった。



「はいはいうるさいよー。じゃあ、ひとまず自己紹介してもらおうかな。大体みんな顔合わせたことあると思うけど、編入生もいるし、同じクラスになったことない人もいるだろうしね」



 この時間が何よりも憂鬱だ。こんな身内ノリしかない空間で、初対面の俺が何を言ったってしらけるに決まっている。そもそもわざわざ全員に向かって自己紹介をするという時点で嫌だった。注目を浴びたくない。


 けれどそんなことは今更か、とまたため息をつく。すでに2人目まで自己紹介は終わっていた。顔も名前も全く覚えられる気がしない。時折クラスの陽キャらしい人間がふざけた自己紹介をしてはクラスメイトを笑わせている。俺は全く笑えない。さっさと自分の番を終わらせて、無駄な緊張感から解放されたかった。


 前方に並ぶクラスメイトたちの背中を数えると、俺の順番まではあと10人だった。興味もない彼らの自己紹介を律儀に聞いて、1人1人に拍手を送る。少しサイズの大きいブレザーのせいで、手のひらからはぱふぱふという間抜けな音しか鳴らなかった。



「それじゃあ次、能登山くん」



 はい、と聞こえるか聞こえないくらいかの声で返事をして立ち上がる。その瞬間に空気がわずかにざわついた。こうなるのが分かっていたから嫌だったんだ。


 彼らがざわついたのは、俺が編入生で見慣れない顔だからではない。能登山“くん”と呼ばれた俺が身にまとっているものがスカートだったからだ。教師が生徒のことを性別にかかわらずくん付けして呼ぶタイプでもなければ、誰しもが俺のことを男だと思っただろう。



「能登山春。編入生です、よろしくお願いします。こんな格好してますけど、男です」



 俺の声を聞いてますますクラスはざわついた。自分で言うのもなんだけれど、スカートを履いて黙って座っていれば、俺はただの女子にしか見えない。けれど声は明らかに、声変わりを終えた青年のそれだった。


 俺は一息に自己紹介を終えると、拍手を待たずに着席する。俺が1番後ろの席だったせいか、それとも教室の雰囲気に気圧されてか、次の番のやつはなかなか立ち上がらなかった。先生も何も触れずに促してくれればいいのに、周りの生徒と同じように困り顔をしている。多様性が謳われている時代にそんなことでいいのか。


 制服が自由だというからわざわざここに編入してきたのに、高等部の連中でもこの反応とは、先が思いやられる。俺は机にぐったりと突っ伏して、地獄の時間をやり過ごした。

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