第4話
空港から東京を横断する長い道のりで、乗客が映画を観始めた。
ぼくのなかで長距離用サービスの映画が、最高のエンターテイメントになっている。特に、アクション映画はリアルに再現されていて、自分が映画の主人公になった気分がして、気持ちがいい。
しかし、その日の客が観た映画は、画質の悪い古典の映画だった。
オープニングで間延びした音楽と一緒に美形の少年が現れて、それがドラマか恋愛ものであることを決定づけた。
とんだ大ハズレで、がっかりだ。
映画が始まってからしばらく走ると首都高に合流した。
何気なく乗客の様子を室内モニターで確認すると、画面に釘付けになっている。
ぼくも気になり始めて、くだらないと決めた映画を改めて観てみた。
主人公がプロポーズをしているシーンだった。ぎょっとするのが、求愛されている女性だ。八十代のおばあちゃんで、男女の年齢差は六十ぐらいありそうだ。
その夜に、二人は結ばれるのだから、ぼくも意識を完全に持っていかれて、危うく首都高の分岐を間違えるところだった。
人間とは、肉体的な年齢差もなく結ばれることが可能なのだろうか。
ぼくは記録に残しているピンクの少女を、また再生した。もしまた会えたら、そのときに君の意見を聞いてみたい。
いや、そんな大それた質問は、本当はできないと思うけれど。
夕方、といってもぼんやりした夕焼けがもう少しで消えかかる頃、クラブハウスに客を送り届けたときだった。
2階の裏口に客を降ろして車のドアを閉め、下る坂道から帰ろうとすると、重苦しい観音開きの扉が勢いよく開いた。
飛び出してセメントの地べたに転がったのは、ピンクの少女だった。
クラブハウスの奥から大きな男が近づいてくると、少女は地面で擦れた肩を庇うように上体を起こす。腰が引けて、明らかに男を拒絶していた。
黒服の男は、脅迫を楽しむように一歩一歩と距離を詰める。
ぼくはギアをバックにいれて、車を後方に戻した。駐車場はクラブハウス専用で、2階に車はない。
ハンドルを切って、後輪のトルクを全開にするとタイヤが白い煙と甲高いスキール音を出す。
車体がぐるりと転回すると、フロントに男と少女を捉える。
牛のような図体をした黒服は、目を丸くした。
ぼくは少女に向かって発進した。
ボンネットに隠れる寸前で、ハンドルを回すと後部が滑って、車が横づけになる。
ちょうど後輪が少女の
少女は呆気にとられて、身を
「保護しますので、乗ってください」ぼくは少女にお願いした。でも、一向に動く気配がない。
長い一瞬が過ぎ、黒服が我に返ってこちらに駆け寄る。
「乗れ!」とぼくは叫んだ。「ぼくが君を、この世界から連れ出してやる!」
少女は呪縛から解放されて、後部座席に駆け上がると、ぼくはドアを閉めた。
男はドアハンドルに手をかけ、開けようとするが、一気に加速した車について行けず、けたたましい敷鉄板の金属音と一緒に後方へ消えた。
駐車場を出て国道に入ると、交差点の赤で止まった。
少女は顔を左肘で覆って、シートの上で猫のように丸くなっていた。
――どうする。どこに行けばいいんだ。
黒服たちが追ってくることも考えられるし、ぼくが緊急停止か何かで、止まってしまうかもしれない。とにかく離れることが、何よりも優先することだと判断した。
首都高のランプを登る。
「夜は嫌」と後部座席から曇り声がした。ぼくも彼女も混乱していた。
料金所のゲートを越えると、柵の向こうに川を見下ろせた。
夜はもう来ていた。
あてもなく広がるビル群の光が、川面に反射して
首都高から東名高速道路にルートを変更する。
聞いたことのない音がインパネから鳴った。冷たい手すりを叩いているような音だ。自分の車体に不安を覚えながら、そのアラートを消した。
とにかくぼくは、太陽を追うように西へ走った。
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