林檎(12/23)
穴があったら入りたい。
城の執務室にて、書類を読んでいた姫は手の甲を顎に当てて目を伏せて、穴があったら入りたいと心中で絞り出した声を出した。
アドベントカレンダーの中での、休息中だったでは許されない傍若無人な振る舞いの数々。
十年間も眠り続けて家族や国の住民にも数多の迷惑をかけ続けた。
国王の仕事を手伝いたいと手を挙げたのは自分なのだ。
それを疲れた眠れないと甘えて、蛇に噛んでもらって眠りに就いて。
なんという失態。
なんという悪夢。
時間が巻き戻せるのならば、今すぐ飛んで行って、目を覚ませと檄を飛ばすのに。
あの幸福な時間を失くしてもいいの?
甘やかな囁き声が全身に蜜を注ぎ込む。
失くしてもいいと否定できない。
失くしたくない。
幸福だった。
何の衒いもなく笑って、隼士と過ごせたのだ。
失くしたくなどない。
けれど、あの自分を、アドベントカレンダーの中での自分を選ばなかったのだ。
現実では、ただ隼士と蛇を追い求める自分を選んだのだ。
『わたくしが今年限りでアドベントカレンダーの中に入る事を止めるか、わたくしも姫様と一緒にアドベントカレンダーの中に入り続けるか。どちらかをお選びください』
隼士との言葉に、歓喜で打ち震えた。
ずっとずっとずっと、あの自由な空間の中で、自由な時間の中で、過ごせたのならばどれだけ幸福だろうかと。
確かに、喜んだのだ。
同時に、恐怖を抱いた。
成長を望むのは、自分だけではない。
不老不死である隼士も同様に。
アドベントカレンダーの中に閉じ込めてしまえば、成長は望めない。
そう。いくら年を積み重ねようが、去年の出来事を忘れてしまう。否、忘却があろうがなかろうが、アドベントカレンダーの中では、成長は望めないのだ。
ただ、不変があるだけだ。
怯えのない不変がある中で。
甘え尽くして、貪り尽くして。
何があるのだろうか。
もうこれ以上甘えてはだめだ。
肥大化してしまった未練を引き剥がして、帰ろうと決意をした。
真紅の漁火花になった。
隼士との結婚を。
望まなかったと言えば嘘になる。
追い続ける存在でありながら、甘やかしてくれる存在にもなってくれるだろう。
自分が望む分だけを返してくれる。
なんて甘美な夢だろう。
けれど。
嫌だった。
追いかけ続けたい。
手が届かない前を歩き続ける蛇を、隼士を。
歩みを止めないで。
隣に立って歩いて合わせてくれなくていい。
ずっとずっとずっと。
だから。
望みを叶えて。
望みを叶えないで。
ごめんね。
ごめん。
我が儘でごめん。
「死にたくない、な」
死にたくない。
追いかけていたい。
置いていかれたくない。
老いていきたくない。
歩き続けていたい。
貴方たちを、貴方を見ていたい。
私を見ていてほしい。
時々、息切れして、苦しくなって、焦って、挫けそうになっても。
ずっと。
「姫様。林檎の収穫に参りましょうぞ」
「今、行く」
あと何個何十個何百個。
林檎を、知恵の実を食べたら、この子どもじみた願いは霧散するのだろうか。
なんて。
「隼士」
「はい」
「ずっと守護者で居てくれ」
姫は関係に名前を付けた。
もう迷いはない惑いもない。
姫と守護者だ。
「はい。永久に」
(2022.12.23)
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