崖苺(12/16)




 にこにこ笑う姫から崖苺がたくさん入っている竹籠を受け取った隼士は、また崖苺を取りに高くたかく跳ね上がる姫を見送ったのち、崖苺へと視線を留めた。


 その名の通り、切り立つ険しい崖に実る苺は甘酸っぱく、淡い紅色で星の形をしており、現実でもよく姫が収穫しに行っては、少しだけ嬉しそうに頬を染めて眉尻を下げて、隼士と蛇に山盛りたくさん手渡したものだった。

 本当は隼士は竜に乗って、蛇はてこてこ歩いて収穫しに行けるのだが、姫があまりに嬉しそうに手渡すものだから、隼士と蛇は待つ身に徹していたのだ。


(姫様はどうしてここから離れたくないのでございましょうか?)


 わからない。

 現実逃避。

 何故。

 多忙ゆえか。

 人間関係か。


「姫様は神斐王子と何か問題が生じたのでございますか?」

「え?んー。ないんじゃないかな。あっちが愛想を尽かしたとかはあるだろうけど」

「神斐王子がでございますか?」

「うん。だって、仕事仕事仕事で結婚しても神斐に全然構ってないし。少ない休日も隼士と蛇に付き纏ってばっかりだし。うん。本当。うーん。今はずっと眠っているし。うーん。ひどい女だね」

「姫様が甘えられる貴重な存在でございます神斐王子が、姫様に対してひどい女など思うわけがございませぬ」

「うーん。うん。そうだね」

「神斐王子にお会いしたくはないのでございますか?」

「うーん。会いたくないってわけじゃないけど、会わなくてもいい、かなあ」

「そうでございますか」


 姫はまた崖苺を取りに行き、隼士は両手で抱えた二つの竹籠にたくさん入っている崖苺を見た。

 神斐が好きな食べ物であった。


 直接手渡しに行かなくてもよろしいのでございますか。

 尋ねる事はできなかった。











(2022.12.16)


 

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